決して口には出さないが





ふと気が付けば、己の周りには大切な人がいなくなっていた。
大きなものを守ろうと、その眼差しを高くからの視点に、いつの日にか変えたのだ。

それは一族の長として、違わぬ行いだったと思う。
どの一族の長も、同等の価値観だったに違いない。

だがそれ故、オレは本当に大切だった守りたいものが、見えなくなったのだ。


ある日、この両の目から見える世界が、まるで月の明かりもない、真夜中のような、常闇の世界になった。
瞬きをすればその感覚はあれど、見渡す限りの黒一色で、目を開けているのか、閉じているのかもわからないのだ。

味わったこともない感覚に、ただただ呆然とし、苦しんだ。
唯一の救いが、弟のイズナの声と感覚であり、その存在こそが、己の生きる意味だった。

イズナはその優しい声で、この苦しみを取り除くと言ってくれた。

オレはその言葉に甘んじて、イズナに身を任せた。
そしてこの心に、今一度、大切なものを、命を賭して守ろうと誓ったのだ。

ようやく解放された苦しみに、イズナへと喜びと感謝を伝えようとした。
しかし、再び光を捕らえたこの両目に映った景色は、弟のその目に、忌々しい赤を滲ませた包帯の姿だった。




オレは絶望した。





多彩な光を捕らえているはずの目には、ただ赤い世界しか映らないのだ。
イズナの目に施してあったあの包帯の赤が、視界を飲み込み、まるで赤いガラスを通して、世界を見ているように見えた。

だが、時は待ってはくれない。
こんな状態でも戦わなければならないのだ。


風を斬る音。地を蹴る音。金属がぶつかり、相殺された高音。敵や仲間の悲鳴や叫び声。

戦の音に、戦の景色。

そしてふと聞こえた、ここにいるはずもないイズナの声。

確かにイズナは、我らがうちはの領地の屋敷にいるはずだった。
それは、その戦の日の夜。戦地で聞いた報告でも、確かな事実だった。


イズナが屋敷で
息をひきとった。


破傷風だったそうだ。
移植して、開いてしまったその場所に、死が入り込んだのだ。
居ても立ってもいられず、しかし戦とあっては離脱することも叶わない。
戦に出て、もうすでに九日は経っていた。ここから屋敷に帰るにも二日はかかるのだ。
どうしたものかと、焦りを募らせていた。


しかし、不幸中の幸いというのはこういったものなのだろうか。
この戦の相手は、あの千手だった。
弟のイズナがいない事に異変を感じたか、柱間はうちはに文を飛ばし、兵を撤退させたのだ。

文には千手の撤退の理由に加え、イズナの不在理由を尋ねる文面と、オレへの気遣いの言葉が並べてあった。
生ぬるい心を持ち合わせているあの男に、今だけは感謝し、その意を表した文を千手に飛ばした。
その足で、急ぎ戦に幕を引き、皆を率いて屋敷に戻った。


そしてこの目に映った、弟の、白衣に包まれた安らかな、死に顔。


冷たいその手を握ろうとした。
しかしそれはきしみ、動かすことも叶わなかった。
胸の上で結んだ両の手が、まるでこの現実が揺るぎないものであると、そう語っているような気がしてならなかった。

これは断罪。
己のみが生き残った罰。
最愛の弟のその最期に、側にいられなかったオレへの裁きなのだ。


そして視界が滲んだ。
温かい涙は頬を伝い、手の甲に落ちた。
しかしその時には、すでに涙は氷のように冷たく、まるでこの心を現しているかのようだった。



溢れてゆくのだ。
温かいそれが、ただただ。
そうして残った心には何が在るのだろう。
温もりという大切なものを失ったそれは、心と呼べるのだろうか。


そしてオレは、欠けた心をこの身に宿したまま、再び戦いの中に落ちた。
そんなオレの異変に、いち早く気付いたのか、柱間は以前から考えていたであろう和平協定を、急きょ持ち出してきたのだ。

オレは一族の意思をくみ取り、和平案を受け入れた。
だが心の中では、それを冷めた目で見ている自分がいた。
己の周りには、大切な人がいないのだ。
今さら平和を得ても、虚しいだけだった。


柱間とオレが、手を固く握りあい、その平和への強固な団結と誓いを現すと、周りの者が歓喜に手を叩いた。

その最中、ふと視線を感じ、軽くうつ向いていたオレは、視界を少し上げた。
すると、柱間が酷く心配したような面持ちでオレを見ていた。そしてその瞳には、驚くほど感情のない顔をした自分が映っていた。


柱間は周りに気付かれないよう、小さな声で「ずいぶんと冷たい手だが、体調が優れぬのか」と尋ねた。
その問いに、オレは柱間と同じく小さな声で、短く否定し、その手を離した。

柱間が何か声をだそうと、口を開いたが、オレはそのまま、踵を返してその場を去った。

その後も何度か柱間に呼ばれたり、声を掛けられたが、オレは一声も発せず、沈黙を続けた。

そんな日を幾日も過ごした今、懲りずに声を掛けてくれる柱間が、目の前にいる。
眠りについても目覚めても、どうにも浮かないこの気分を変えようと、まだ薄暗い早朝だったが、外に出て歩こうと考え、その最中に、柱間と鉢合わせたのだ。





「おお、マダラ、おはよう。今日はずいぶんと早いな…」

「……」

「こんな処で会うとは奇遇だな…共に歩いてもよいか?」

「……ああ」


久しく声を出した。
いつもなら、反応なくさっさと帰るのだが、唯一にして、いつもオレを気にかけ、声を掛けてくれる柱間の存在に、何故だか突然、心が熱くなるのを感じたのだ。

オレの反応に柱間は驚いていたが、すぐに満面の笑みで近づいてきた。



「そうかそうか!ふふ…お主の声を久しく聞けて嬉しいぞ、マダラ」

「…そうだな、…何故だか、お前と話したくなった」

「そうか…。……オレとお主、ようやく手を取り合えたのだ。…オレはいつでもお主の味方だ…何かあれば何でも言ってくれ。力になりたい」

「…お前は本当にお人好しだな、柱間…」

「ははは…、扉間や桃華にも口煩く言われるが、オレはそうは思わん…大切なものとは人が思うより小さなものだ…」

「小さい…?」

「ああ、そうだ。…大きなものは目につく。しかしその大きなものの前に、何故その大きなものが大切なのか…根本を辿れば本当に大切なものが見えてくる」

「大切なもの、か…」

「…お主とて、弟であるイズナを守るために、一族の立場を強固なものにしようと、一族を率いて戦ったのだろう?」

「……」

「イズナの死は残念だった…だがマダラ、イズナの心はお主の中で生き続けている。だから、優しい彼のためにも、あまり暗くなるな…、イズナが心配してしまうぞ」

「……そうだな…」

「お主の痛み、憂いや後悔、迷いを理解するには、普通の立場の人間ではちと難しい。だがオレにはわかるのだ…」

「…柱間」

「……苦しかったろうマダラ…お主は何も誤ってはおらん、これが上に立つものの重責なのだ。その苦しみを分かちあう大切な存在、イズナの代わりを完璧にこなすことは出来ん。だが、少しでもお主の悲しみを和らげられるのならば、オレは何をもいとわん。だから…」


温かく優しい言葉に、涙が出そうになった。
苦しくなるほどの温もりを与えられ、冷たい鉛のような心が、軽くなっていく気がした。

顔を上げて柱間を見れば、何故だが泣きそうな顔をしている。


「なんだお前…何故泣きそうな…」

「マダラ…っ!お主にとって、オレは何とも思わない存在かも知れん…だが、オレにとっては、お主は大切な存在なのだ!」

「な…、おい、泣くな鬱陶しい…」

「うっうぅ…マダラァ!早く元気になるのだぞ!」

「わかったから少し静かにしろ。そして、どさくさに紛れて抱きついてくるな」

「…何でも言ってくれ…!オレに何か…何か出来ることは…!」

「落ち着けと…、わかった…歩いていたら腹が減っ…」

「よし、ではキノコの雑炊でも作ろう…まだ店も開いておらんし、オレの家に来い」

「………」


泣いていたかと思えば、爽やかに微笑む柱間に、ずいぶんと忙しい奴だと思いながらも、つかの間のゆったりとした時間に、頬が緩んだ。


「ああ、お言葉に甘えさせてもらうとしよう。…しかし柱間、お前は本当にキノコが好きだな。木遁使いだから生やし放題か?」

「マダラよ…木遁とキノコの関連性がわからんのだが…」

「キノコは普通木に生えるんじゃないのか…?……ん?もしや貴様の場合、自家栽培と称して、その身体から直にキノコが生えているとか…」

「確かに木に生えるが……え?」

「シイタケなどはあまり好まないが、マツタケなら食ってみたい…お前マツタケは生えてるか?」

「シイタケ美味いじゃ……えっ?」

「なんだ、どうかしたか。…まあ、オレはキノコを食わないからな、マツタケはまだ食った事がない。……柱間、お前がキノコ好きなのは、自分の身体からキノコが生えるから、食費がかからなくて……ん?」

「…っ、マダラ…お主…」


話しながら歩いていれば、突然柱間が止まり、オレのすぐ後方で疑問の声を上げた。
オレは異変に気づき、柱間の方を振り向くと、何故だか顔を赤らめている柱間がいた。


「どうした柱間…キノコを食わせてくれるんじゃないのか」

「ああ…そうだが……む?…そうだ!そうだぞマダラ!オレのキノコをたくさん食わせてやるからな、ははははは…」

「?…ならば止まってないで早くしろ、オレは腹が減ってしょうがないのだ」


そう告げて、再び前を向いて歩き始めると、「よし、すぐに行こうマダラ!すぐにキノコをやるぞ!」などと言いつつ、後ろから飛びついてくる柱間。
満面の笑みでニヤニヤとしているその姿を見て、ようやくこの男が顔を赤らめた理由がわかった。


「この変態が、離せエロらま、貴様のそのシメジを引き裂くぞ」

「引き裂く…!?末恐ろしい…そしてオレのがシメジとは…」

「エロらまは否定しないのか。…シメジじゃないな…今の貴様のはナメコに違いない。あのヌメヌメした気持ち悪い柱間だ…まったくキノコめ、少しは節操をわきまえろ」

「マダラァ!キノコとオレの名がめちゃくちゃになっているではないか!」


オレを抱きしめながら、わめいている柱間。
悪戯心が働いて、その腕にそっと身を預け、じっと顔を見つめてやった。
すると再びニヤニヤしながら赤面する柱間。うろたえさせてやろうと思ったのだが、どうにも思った反応をせず、実につまらない。
オレはそんな柱間の額に、微笑みながら、思い切りべちっと平手打ちをしてやった。







〜決して口には出さないが〜







ありがとう…

    …柱間






※※※※※※※※

なんということでしょう…
いつの間にかシリアスからほのぼのギャグに…!!

前半は結構頑張って書いていたのに
後半油断したら下ネ(ry

とりあえずお目汚し失礼しましたorz
後半は読み流してください(笑)

今回は傷心のマダラさんでした^^
柱間様は……(笑)

とりあえず、マダラさんの気まぐれで、若干イチャついてますが、結局柱間様はマダラさんにぶたれましたw
この後、柱間様はおでこを赤くしながら、きのこの雑炊を作ります(笑)
そしてマダラさんは食い逃げします。
柱間様には食われてやりませんw











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