ストーカー被害






愛車に鍵を入れエンジンを回せば、いつもの心地よい音が聞こえる。
その変わらない音を聞けば、今日もドイツのアマガエルは快調の様だとすぐに分かった。


「兄貴…」


ウォッカがぽつりと、視線を上げる事なく呼んだ。


「お前が任された仕事だ、きっちり仕上げろ」

「…へい…」


力なく返事をしたその様子が、叱られた犬の様な項垂れ具合であり、期待もされずに置いて行かれると思う子供の様だった。
どうやらウォッカは、上げなければならない仕事が期日ギリギリらしい。
そんな危ないプロセスで仕事をしてるんじゃねぇよ、と思うのだが、そこはウォッカだからもう仕方ない気がした。

そもそも今回は仕事でも何でもなく、ただ慣れ親しんだ店に息抜きをしに行くだけなのだ。言わばプライベートである。

にも関わらず、何やら余計な事を考えている相方が哀れにも見える為、柄では無いが、去り際にそれとない言葉を掛けてやる。


「終わり次第連絡しろ」

「!了解…!」


効果音でも付きそうな位に明るくなったその嬉しそうな声を聞きながら、愛車に乗り込みアクセルを踏んだ。
バックミラーを見れば、律儀に頭を下げて見送るウォッカがいて、つい鼻で笑ってしまった。

その時、組織の建物の窓際辺りで誰かの影が目に入り、再びバックミラーで確認をすれば、それは最近やたらオレの周りをうろついている女だった。
目線は合わなかったが、確実にこちらを見ていた。

オレはそんな現実についに嫌気が差し、奴と会う口実にもなると思い、おもむろにiPhoneに触れた。


ーーー……
ーーーーー……



「…で、一体どうしたの?」


飲んでいたウイスキーの氷が溶け、透明な音が聞こえた頃。
客も疎らな静かなバーのカウンターに並んで座っていたキャロットが、口を開いた。


「もう疲れたー、とか言ってたけど…まさかチェイサーがチェイサーされる側になるとか言わないよね」

「それはねぇな」

「じゃあ何だろ…ウォッカちゃんが嫌になったとか?」


覗き込んでくるキャロットの目は、面白そうな物を見る目だった。
嗚呼これは…、と思ったが、呼んでおいて何もないとは言えず、渋々これまでの事を口にする。

すると、やはり予想通り、げらげらと笑うキャロットを見る羽目になった。


「笑い事じゃねぇよ」

「だってジンちゃんがストーカー被害って…!それ本当?ストーカーとか実際見たことないから何か現実感ないわ」

「…実際、迷惑してるからてめぇに話してんだろうが」

「ごめんごめん、怒らないで。けどもしそうなら、いつも通り冷たくあしらったらいいんじゃないの?普通折れるでしょ」

「それで解決しねぇから言ってるんだろ…」


もう何だか疲れてきた。
キャロットは別として、自分自身が女に振り回されている現実に、うんざりする。

頭を抱えて溜め息を吐けば、キャロットがオレのハットをぶっ飛ばして頭を撫でてきた。


「おい。ハットがあんな方に飛んで行ったじゃねぇか」

「いや、頭撫でようとしたら邪魔してきたからさ」

「…お前な…そもそも大の男の頭を撫でて楽しいか」

「うん。あとジンちゃんが余りにもしょんぼりしてるからね。…おーよしよしジンちゃん、元気出すんですよー」


にこやかに笑うキャロットを見ていれば、ストーカー女とかもうどうでもよくなってきた。

正直、この場面をあの女が見ていれば一番手っ取り早いのに、何故かこういう時にはいない。
恋人でないキャロットが、毎回オレにこんな行為をする訳がなく、多分このチャンスはもうない。

かといって恋人 “ 役 ” を頼むのは御免だ。


「…何とも思ってねぇくせに…よくもまあそんな事を平然としやがって…」


舌打ち混じりにぼそりと、不満を言ってやる。


「何とも思ってなかったら、まずここに私はいないよ安心して!」

「……」


どういう意味だ、と聞き返したかった。
けれどその言葉は口から出ることはなく、出てきたのは、そうか、のたった一言だった。

そしてそのままキャロットがトイレに立った時、後ろからこそこそとしたウォッカの声が聞こえた。
ウォッカはぼそりと、「兄貴、それはねぇですよ…」なんて言いながら、ぶっ飛ばされたオレのハットを持って来ていた。

連絡しろと言ったのに、連絡もしないで突然出てきた挙句、喧しい事を言うウォッカに舌打ちをすれば、ウォッカは慌てて謝罪をしてきた。

そして加えられた弁明は、走行中にオレのポルシェを見つけて、店に入ってすぐ声を掛けようとしたらキャロットといい雰囲気だったから待ってたのに最後がひどい、あれじゃただの親しい仲間にしか見えない、なんて溜め息混じりにほざきやがった。

さらに喧しい事を言ったウォッカを睨みつけてやろうと思ったら、ウォッカが後ろに目配せするものだから視線を動かす。
そうしたら、今最も見られたらマズイ奴が視界に入ってきた。



〜ストーカー被害〜


いつからそこに居て見ていたか分からない、あの女の帰る後ろ姿が見えた。

その女の様は、何故か嬉しそうに見えた。

オレはつい先程の自分を殴りたい衝動に駆られながら、全力で頭を抱えた。




*******
なにこれ怖い。
結末を考えずに書いてたら、話が蛇行しすぎてわけわかめ。

このヘタレ兄貴!
あの時キャロットに聞き返してたら甘い内容になってたのに!
(翻訳:もっと頑張れよ私!なんでそこでもう少し気力出してジンと夢主いちゃつかせる内容を書かないんだ!)

因みに、これの翌日の話として前回挙げた「視点を変えれば」の最後辺りに繋がってます。一応。






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