それは






最近になって気が付いた。
私は、彼が側に居なければ心に穴が空いた様に、虚しかったり寂しかったり、悲しかったりつまらなかったり、そんな気持ちに襲われる様になっていたんだと。

そのせいで、きっと堪らなく彼が好きなんだと自覚する。
それはとても恥ずかしいけれど、とても幸せだと感じた。

何故なら、本当に好きだと自分で分かる位の人が近くにいるのだから。
それはそれは充実している。

ただやはり、あと一歩の勇気が出なくて、この気持ちを彼に伝えるのが怖い。
更に追い打ちをかける様に、以前彼から誰かを好きになることはない、という話しを聞いていたからだ。

でもこのままでいいのだろうか。
不安と寂しさで胸が埋め尽くされた。


ここの組織は、世界に各支部がある。
世界を股に掛けているぐらい大きいのだ。
私はいわゆる日本支部のこの地点を本部に動いているけれど、ついに海外からお呼びが掛かった。

いつか来るかも知れないとは思っていたけど、来るならもっと早くこの話が来て欲しかった。
どうして私が彼を好きだと自覚してからこんな事になってしまうのか。

移動はもうすぐ。
まだ先の様な気もしていたけれど、月日なんてあっという間だ。

今もまた、何気無く彼と一緒に狙撃任務の仕事をしているけれど、これがもう最後だと分かると、寂しくて寂しくてしょうがない。


「…相変わらずいい腕をしてやがる」


狙撃が終わり、ターゲットを仕留めた事を確認したジンが、私の隣で笑いながらそう言った。

彼は何も知らない。


「…ありがとう」

「…なんだ…何か気になることでもあるのか」

「…うーん、どうでもいい話かも知れないんだけど、寂しいなぁと思って」

「主語がねぇよ。なにがだ」

「なんか寂しいの」

「……」


突っ込んで聞いて来てくれて有難いけれど、どうしても切り出せない。
と言うより、プライドが邪魔をする。

こんな事を言ってどうにかなる訳じゃないのは分かってる。
言って、どういう意味だとか聞かれるのも困るし、どうせ私は思ってもない事を適当に言って取り繕うのだ。
そして、彼自身もまた、あの方に必要とされて良かったのなんだと言うに違いない。

素直になんかなれない。
そんな相手じゃなかったのに。
彼を想う気持ちが理不尽に邪魔をする。


「…キャロット…、明日の夜だが空いてるか」

「空いてるけど、空の上飛んでるよ」

「…?遠方任務か?それなら何処でも乗せて行ってやる」


「何処だ、言え」なんて言ってる彼に、私は今なら冗談みたいに言えそうだと思い、満面の笑みで、アメリカだと言ってやった。

そうしたら、彼は珍しく隠しもせず、きょとんとした顔で私を見つめていた。
その様が面白くて面白くて、吹き出してしまう。


「てめぇ何笑ってやがる」

「だって面白い…ちょっと可愛かった…!」

「あ?馬鹿な事言ってねぇでちゃんと答えろ。行き先は何処だ」


不貞腐れた顔をしながら、未だ場所を聞いてくるジンに、きっと笑い過ぎたせいで出て来た涙を拭いて答える。


「だからアメリカ。招集されたの」


言葉にしたら、紛れもない現実なんだと、改めて認識する。
彼はといえば、呆然としながら、けれども困った顔で口を開こうとしては閉じるのを繰り返していた。


「……明日なのか?」

「うん、そう。午前中で荷物をまとめて午後位から飛ぶ予定なの」

「いつ決まったのか知らねぇが、急なカミングアウトはやめろ。…で、いつ頃戻る」


煙草を吸おうとポケットに手を入れる彼を見ながら、私は薄っすらと笑みを携えて、しっかりと言った。


「もう戻らないよ」

「……は?」

「だから、もう戻らないの。…アメリカに就かなきゃいけないんだってさ。このタイミングで…もうジンちゃんともお別れなんだよ…寂しいね」


油断すると涙が溢れそうになる。
もう会えないんだと自分に言い聞かせる様な台詞に心が軋んで止まない。
泣くなんてみっともないって分かってるのに。


「泣いてんのか。そんなに嫌ならベルモットにでも押し付けとけ」

「そう言うわけにはいかないでしょ。…そもそも私、英語喋れないのにアメリカ行きっていう…。環境とか食べ物合うかな…」


私の言葉を聞きながら、彼は私から一度も視線を外さなかった。
彼は長い沈黙の後、控え気味に言葉を口にした。


「……お前じゃなきゃダメなのか」


その言葉に悲しくて辛いのに、嬉しさが混じってきていて、涙がポロリと一雫、流れてしまった。


「…やだジンちゃん、なによ、引き止めてくれるの?」

「…キャロット、オレは、」

「ありがとジンちゃん。でもいいの、もう。大丈夫、きっと大丈夫。」


私の言葉が私に染み込んでゆく。
悲しみと愛しさを持って、しっかりと私を包み込む。
その困った表情は、きっと私にとって良い意味であると信じてる。

誰も好きになんてならない。
そう言った彼だからこそ、きっと。



「…くたばるんじゃねぇぞ……」


そう言った彼は、いつの間にか咥えたタバコを吸い、目深く帽子を被った。




〜それは〜

あの日が最後の、貴方の温もり。





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こんなにも抱きしめて欲しい
このもどかしさよ。








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