結果・悩む。
「……それで、本当に吸血鬼とやらだった訳ですか」
「はい……すみません」
「ああもう謝らなくて良いですカラ。で、献血車の近くで見かけてその後すぐに定時で帰った私の家を訪ねてきた、と」
「…すみません」
「……それで、君は輸血用の血が欲しい、ということで」
「…す、じゃなくて…そ、そうです」
「はあ……」
ベッドの上に腰掛けながら、思い切り深くため息を吐いた。
大体の事情は分かった。しかし、だからどうしろと言うのだ。
ここまでのシュールさには悪趣味と吐き捨てるしかないが、まだやらせだったという方がかなり救われた。
何故この現代社会に吸血鬼などというイレギュラーが、しかもそれがよりによって自分の前に現われるのか。
「あの、えっと…吸血鬼と言っても身体の作りとかは普通の人と変わんなくて…ただ、どうしても身体を維持する為には人の……」
「…それはもう聞きましたから」
「あ、はい…」
ごめんなさい、と言い掛けてまた黙る少年を一瞥して握り締めた携帯のディスプレイを見る。
時刻は七時四分。まだ病院には誰かしら残っている筈だ。今日は夜勤の医者も多く居るのでいつ訪ねても特に怪しまれることはないだろう。
しかし、だからどうする。このまま匿える訳ではないのだ。
いつかはきっと限界が来るだろう。たとえここで自分が血をくすねて来たところで、同じ事の繰り返しという訳には流石にいかない。
いつの間にかドアを指して出ていけと告げるようなタイプの選択肢は頭から消えていたが、とりあえず今はどうでも良かった。
と、
「───ブレイク先生、居るー?」
「お邪魔します」
「………、」
がちゃり、と戸締まりを疎かにしていた玄関から、何者かの足音がとんとんと近づいてきた。数は複数───と言っても二人だったが、どう見ても訪ねてきた面子がおかしい。
一人は既にこの家を知っている例の金髪の少年だったのだが、
「アリス…君?」
「ごめんなさい、先生。でもジャックがどうしても連れていきたいって」
「あはは、抜け出してきちゃった」
「……はあ」
けろりと担当医師の前でとんでもない事をのたまってくれたが、この少女は特に他人に迷惑を掛けるようなタイプの患者ではないのでとりあえずはほっと安心した。おそらくそこは聡明な少年のこと、少女の事情を担当の自分並に理解した上で行った冒険なのだろう。
素敵なおうちね、と特に洒落たところのない殺風景なマンションの一室を見て少女が微笑む。
「とっても先生らしいわ」
「まったく…いくらオズ君と一緒だからってダメですヨ、アリス君」
「…でも……」
「反省したならもう「ところでさ、この子が先生の言ってた子?」
「あのねえオズ君……」
がさごそと勝手に人の家の戸棚を漁り、秘蔵していた高級菓子を取り出した少年が出し抜けに波打つ黒い髪を示して言う。
話の腰を折られて少々拍子抜けしたが、こちらが頷くと彼はずいと顔を寄せて金の瞳を見つめた。
「オレはね、オズ。オズ=ベザリウスって言うんだ。それであの子はアリス。君はなんて名前?」
「え、あの…」
「その子はギルバート君ですヨ」
「へえ、いい名前だね。じゃあギルで良い?」
「あ、はい…ありがとうございます」
おどおどと質問に答えながらそっとこちらのシャツの裾を握った小さな吸血鬼はやっとのことでそう返すと、顔を赤く染めて俯いてしまった。こちらにそんな素振りはあまり感じさせなかったが、どうやら人見知りだったらしい。
それでも泣いて小腹は空いていたらしく、食べる? と人の家の菓子を勧める少年に対し小動物のような挙動で白い手が伸びる。
別に週末の楽しみとして輸入菓子専門店で店員に取り置きまで頼み選び抜いたそれを遠慮なく食べるのは結構なのだが、思わぬ来客により現在うやむやになりかけている問題が一つ。
「───で。結局君はどうするんです」
「…ふぁい?」
「……食べてから喋って下さい」
「ふい……」
もくもくと懸命に口を動かす吸血鬼を余所に額へ手を当てる。
担当患者の病院抜け出しはともかく、当面の問題はこの小さなイレギュラーだ。
病院から輸血用の血を拝借するのは先程も考えたようにまず無理が生じてくる。今ここで輸血が必要なくらいの大事故が勃発すれば話は別だが、それにしてもこの少年の望む通り血を分けられるかなど分からないし、第一両者共に長くは続かないのだ。
はあ、と息を吐くと一通り菓子を食べ終わったらしい金髪の少年が尋ねてくる。
「もしかして、やっぱりギルには血がいるの?」
「ええ、まあ。せめて血に近い成分の薬でも開発されてれば早いんですけどネェ…」
「造血剤とかは?」
「増やしてどうするんですか。飲まないといけないんでしょう? ギルバート君」
「あ、はい……後、薬じゃなくて直に人の血じゃないと…」
「難しいなあ……」
「すみません…」
うーん、と狭い部屋で男三人が悩む。三人寄ればなんとやらだったが、どうもそんなに都合良くとはいかないらしい。
しかしそんな中で、三人の様子を眺めながらちょこんと座っていた少女が、気に入ったらしいクッキーに手を伸ばしながらぽつりと抜本的な解決方法を呟いた。
「………、そのお薬を先生が飲んで先生の血をあげれば良いのに」
「…ハイ?」
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