黒猫と革紐。 | ナノ


夕方、午後六時四十七分。


「先生、こんばんは。遊びに来たよー」

「オズ君? ああ、もしかして頼んでおいた物持ってきてくれましたか」

「うん。ギル起きてる?」


そこに居ますよ、という返事を待たずにオズと呼ばれた金髪の少年が小さな玄関に上がる。
彼の両手には大きな段ボール箱が抱えられており、縦に二つ重ねられているその箱にはそれぞれ『上・夏冬』、『下・夏冬』とマジックで書き殴られていて、どうやらその中身は洋服のようだった。
リビングの真ん中にどんと大きな音を立てて二つの段ボールを下ろした少年は一息着くと、ちょうど夕飯を作っている所だったこのキッチンの主に声を掛ける。


「ギル、こんばんはー」

「あ、こんばんは。オズさん」

「オズでいいって。先生に頼まれてたギルの服持ってきたんだ。半分はオレの小さくなったやつだからちょっと古いけど」

「いえ、ありがとうございます」


跳ねを防止するためか身体に合わない大きめのエプロンを身につけた黒髪の少年は少しはにかみながらもにっこりと笑い、一段落ついていたのか奥で火に掛けていた鍋を下ろして火を止めた。


「ん、良い匂い。シチュー?」

「はい。ブレイクさんが好きなのでレシピを見ながら作ってたんです。……初めてだったからちょっと味が薄いんですけど」

良かったら味を見てもらえますか、と差し出された小皿を受け取る。
見た目はきれいなクリーム色のシチューを口に含むと、なるほど確かに味が薄い。牛乳を入れすぎたのかもしれないが、しかし全体としては気にするほどでもないだろう。

「先生って糖分取り過ぎで早死にしそうだし、コレくらいで良いんじゃない?」

「そうですか? 良かった」

安心した様子の黒髪の少年は調理の時に縛っていたらしい後ろ髪を解くとそう言い、エプロンを外してキッチンからリビングへと移る。
すると、眼鏡を掛けてソファーに座っていた先客が口を開いた。


「……君達、人の事好き勝手決め付けないでくださいヨ。まだ正常値なんですカラ」

「んー? だってそれ半年前のでしょ、先生」


手には何やら小難しそうな英字の書類を持ち、不満そうに口を曲げたその人物は盛大にため息をつくとリビングに置いた段ボールを一つ引き寄せて封を剥がす。中から出てきたのは冬物の凝った柄プリントが施されたトレーナーだ。
鎖が巻かれた黒い棺の真ん中には思い切り杭が突き刺さっており、中からはデフォルメされた尖った腕。何を言わんとして作られた物なのかは聞かなくても分かる。
プリントされたデザインを見て、元々曲がっていた口の端がさらに曲げられた。


「………、これはちょっと」

「あ、それ気に入ってた奴」

「却下」

「えー…」

じゃあこれは? と似たようなデザインの黒いベスト付きTシャツを差し出す少年に白い髪、紅い隻眼の保護者はもう一度首を振ってダメ出しをし、角の方でエプロンを畳んでいた黒髪の少年を呼び寄せた。
呼ばれた少年はちょこんと箱の前に座ると色とりどりな中身を見て顔を輝かせ、もう一つの箱の一番上に積んであった青いジャージを手に取る。


「これ、すごく綺麗な色ですね」

「淡い色よりはっきりした色が好みなんだ?」

「昔はこんなに綺麗な色の服があまりなかったので珍しいというか……」

「へー、やっぱり違ってくるんだ」

「後、この素材の服って動きやすくて良いですよね。軽くてあったかいし、デザインも好きです」

「…そ、そうだね」


相当ジャージが気に入ったのかきらきらと目を輝かせ魅力を語る黒髪の少年だったが、よくよく考えてみると今彼が身につけている赤い服も実はジャージだった。鴨の親子にある刷り込み現象みたいなものなのかもしれない。

先日アリスと共に訪ねた初対面の時と違って楽しそうに笑顔を見せる少年はどこからどう見ても単なる同年代の子供にしか見えないが、これでも彼曰く吸血鬼であるとのことだった。
今は保護者としてこの隻眼の医師が確定し、随分最初の頃のおどおどした雰囲気が取れてきたように思える。一方でしぶしぶ保護者を了承した(らしい。詳細は聞くと何故か話をそらされる)隻眼の医師の方も少年が居ることに少しずつ慣れてきたらしく、見事に少年をこき使い───ではなく、家事を任せている。
その様子は父と子の休日の様でとても微笑ましいものだったが、今日訪ねて明らかに感じる違いがあった。

(先生……ちょっと雰囲気がやわらかくなったかな)

別に以前が人を寄せ付けない感じだったという訳ではないが、なんとなくそう思う。
そしてもう一つ、これはそれほど確証が持てないのだが、吸血鬼の少年の方も数日前とは違ってためらう事なく自分の考えを出すようになってきているような気がした。今はジャージ限定の語りだが、もう少ししたら他人である自分にも彼自身の好みや考えを教えてくれるようになるのかもしれない。

小さなことだがそれは確かに誰かに自分を伝えることであり、人と共に生活していく上でとても大切なことだと思う。

(……きっと、誰かが教えてくれたんだろうな)

おそらくは、面倒事を極端に嫌うはずの精神科医によるセラピーの結果だろう。
毎日のように患者達に応対しているうちに、小さな吸血鬼は厄介な患者として彼の中にいつのまにか入っていたのだ。
真実はどうだか知らないが、そういう事にして金髪の少年はほのぼのと服の山を漁る吸血鬼を眺めた。



「……にしてもさー」

「どうかしましたカ?」

「やっぱりジャージの下は穿くべきだと思うよ。マニアックだって先生」

「………、」


楽しそうに箱と戯れる、日に当たることのなかった白い足。
隻眼の保護者が小さな吸血鬼の為に用意する最初の衣服は、邪魔にならないハーフパンツに決定したようだった。



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