勘違いは昇華する。
「ふん、医者の不養生とはよく言ったものよ」
「あーハイハイ。なんか違う気がしますけど分かりましたから早く栄養剤下さいヨー」
午後十一時近くなって呼び出されたアホ毛、もとい赤毛の外科医は包帯を巻き終わった腕をわざとつついて無礼な患者を黙らせた。
ようやく仕事が終わりさあ帰宅と病院を出たところで携帯の着信が響き、何なんだと耳に当ててみると聞き覚えのない少年の声。
酷く慌てた様子で血がどうの傷がどうのとまくし立てて来たので瞬間通話を切ろうとしたのだが、よく見るとディスプレイに映っていたのは知人の名だった。
以前受け持ちの患者に飛び蹴りを食らわされたというので一度傷を診てやった時に携帯の番号を登録しておいたのだが彼から掛かってきたことなど今まで一度もなく、しかし何故か彼の番号から掛けてくる少年の声はあまりに真実味に溢れていたので来てみたのだが、ドアを開けると予想より酷い事態になっていた。
部屋のソファーには手首を押さえて貧血を起こしている知人、その横に大きすぎるジャージを上だけ羽織って涙目になっている黒髪の少年と状況は混沌極まりなかったのだ。
とりあえず怪我人優先と持ってきた医療用具で処置をした訳だが、どうも自分は妙な所に居合わせたらしい。
「まさか汝に稚児趣味があったとはの……」
「は? いえ、えーとこれはですネ……」
ソファーに背を預けたまま焦る知人に対し、不敵に笑って一言。
「リットマンの聴診器で手を打ってやる」
「………、アナタ外科じゃないですカ」
「なに、シェリルの聴診器の具合が悪いらしくてな」
往診料と思えば安いものだろう、と意地悪く笑いかけてやると心底呆れた様子でため息が零れる。
承認されたようなので改めて件の少年をまじまじと見つめると、彼は人見知りの気があるのかソファーの端の方へ寄って知人の袖の端を掴んだ。見た目には十四から十六程度に見えるが、おどおどとしてあまり人と関わっていない様子から見た目よりも随分と幼い印象を受けた。
衣服を借りているのかだぶついた赤いジャージの上は恐ろしく少年に似合わず、むしろジャージに少年が着られているようにしか見えない。ズボンは穿いていないため少し下を見るとすぐに色の白い太股が覗く。
「マニアックな嗜好だな……」
「いや、違いますから。ていうかズボンはどうしたんデスカギルバート君? ちゃんと貸してあげたでしょう」
「あ、大きかったので歩く時に引っ掛かっちゃうかなと思ったんですけど……」
「だからって脱がないで下さいよ…」
「………、」
どうやら少年は知人の家に来てまだそれほど時間が経っていないらしい。
もしかしたら誰かの子供でも預かっているのか、とも思ったがこの知人の性格からして面倒ごとは引き受けないはずだ。それでも手元に置いているという事は余程気に入っているのだろう。
本人が気付いているか否かは別として。
「…そろそろ帰る。これに懲りたらきちんと鉄分を採っておけ」
「ハイハーイ。分かってますヨー」
散らかした道具をざっと鞄の中に放り込んで立ち上がると、転がったままの大きな容器からたらりと一筋白いものが零れているのが見えた。
(………、最近の流行はアイスなのか…)
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