calf-Love《ER》
今日が何の日かくらい、子供だって分かる。
その裏に隠された残酷な歴史は知らなくとも、相手に贈り物をする口実はいつでも記憶に残るものだ。
「はい、エリオット」
「…何だこれは」
「チョコレートだよ。今日はそういう日だって前に教えたでしょ」
自室、本棚に囲まれたベッド脇にて。
ちなみに中身はビターだよ、と聞いてもいない内容を教えてくれた跳ねっ毛の従者は、小さな小包みを差し出すとにっこりと微笑んだ。今日がバレンタインとかいう恋人同士の為にあるようなイベントだという事は知っていたが───まさか男から渡されるとは。
「…確か女が男に贈り物をするんじゃなかったのか?」
「男から女もあるよ。花束とか縫いぐるみとか」
「まあそれはどうでも良いんだが」
「……受け取ってくれないの? 中に今度出る新刊の予約券も入ってるんだけど」
「受け取らんとは言ってない」
ぱっと小包みを取ると満足そうに従者は笑い、開けるよう促した。
断る理由も消えたので綺麗に包まれたダークネイビーの包装紙を開けると件の予約用の紙切れともう一つ、丸いころんとしたチョコレートが三つ程入っている。少々不揃いだが、きちんと表面を砂糖で被ってあったりオレンジピールが添えてある所を見るとかなり趣向を凝らしたらしい。
許可を取り、一つ口に放り込むと甘さを抑えた中にオレンジの酸味が広がり、言われた通りかなりビターな後味が残る。ビターというより何やら不純物が混じった味だったが、そこは顔に出さないようにして贈り物を飲み込んだ。
「…まあ美味いな」
「本当? お義兄さんに教えてもらったんだよ」
「わざわざギルバートに聞いたのか」
「うん」
屈託なく笑った黒髪は頷き、それからすっとレンズの奥の目を細めた。残りも口にしようとしたこちらに少し視線を伏せて言う。
「優しいね、エリオットは」
「何がだ」
「本当はね、ちょっとソレ失敗したんだ。でももう時間が無かったし……ちゃんと今日エリオットに渡したかったから」
「………、そうか」
どうやら自分の舌は間違っていなかったらしい。
けれど同時に、ごめんねとうなだれて笑う従者に批評をする気も起きなかった。さり気なく気にしている右手の人差し指。そこに巻かれているのは手当ての為の細い布だ。
(ったく……)
チョコレートを使う時は刻まなければならない事くらい、自分も知っている。
この小さな三つを作るために、一体どんなことがあったのだろう。
「………、」
「うわっ?」
小さく息を吐いて、跳ねた黒髪をがしがしと乱暴に撫でた。
跳ねた毛が余計に広がり、中々派手な仕上がりとなる。
「エリオット、痛いよ」
「煩い。それより、さっさと出掛けるぞ」
「え?」
「予約券。お前が寄越したんだろうが」
「…あ」
「それから、」
こほん、と風邪でもないのに喉を鳴らす。
さっと赤みが増した頬を隠すように顔を背けると、精一杯平静を保って従者へ宣言した。
「馬鹿みたいに甘いよりこれぐらいの方が口に合う。だから……」
「………、」
「───来年も、同じ物を作れ」
「…うん」
作るよ、と少しの間を置いて返事が返ってくる。
上着を取る為に立ち上がった後ろでは、水滴で曇った眼鏡を外した従者のいつも通りの姿があった。
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