黒猫と革紐。 | ナノ


シザーズダウン《G》


じょき、じょき。

冷たい金属の感触が首を撫でていく。



『少し、髪が伸びてきたんじゃない……?』



鏡を見てはっとした。
身なりに気を遣う暇もないほど忙殺されていた数年間。昼は表、夜は裏。きっちりと決められた区分に吐き気を催しながら過ごしていくうちに、時間は自分の姿に大きく変化を与えていた。
低かった背は高く、弱かった腕は片手で銃を構えられるように太く、襟足に届かなかった髪は肩を過ぎて余りあった。

じょき、じょき。

ばさばさと切り離された髪が床に落ちていく。
借りた鋏を握る指はいつのまにか力を込めすぎて白くなっていた。

「ッ、」

じょぎっ、と切断の最後に皮膚が引きつる。髪に添えていた指の腹が浅く切れて、血が出ている。焦って手元を見なかった証拠だ。
反射的に手を引いた所為で零れた血の雫が頬に付いた。
そのまま、たらりと尾を引く。
擦ると汚らしく広がって血の気が失せていた頬を染めた。
舌打ちを一つして、また髪を切る作業に戻る。



『まあ、もう大分経つんだから髪も伸びるよね……』

時間が取れて二人で茶を飲んでいた時だった。
その後に続けられた言葉は、飲みかけの茶を皿に戻すのに十分だった。

『髪だけじゃなくて、兄さん、随分変わったんじゃない……』

変わってないとこもあるけど、と付け足された声は素通りしていった。
変わった。否、違う。
変わってしまった。
どうなっても良いと思っていた。
ただ、彼を救うことが出来たなら。
けれど、実際は。

───その先が、こわい。

じわりと希望の白から絶望の黒がにじみ出て、そこから剥がれて裏返った希望。
ここはお伽話では終わらない現実。

(あの時の『ギルバート』は、もういない)

明るい希望の裏は、黒かすらも分からない。



『なあ、ヴィンス』
『なに…?』



───鋏を、貸してくれないか。

そのまま部屋にこもった。
束ねていたリボンを解いて、片側に寄せた髪を一房切り落とした。
少しでも針を巻き戻すために。

切り落とした髪が足元に散る。
自分がこれまでやってきた事の全ても一緒に切り落としたような錯覚が唯一の救いだった。
勿論、それ以上でも以下でもなく、ただの錯覚に過ぎないのだろうが。

はらりと濡れ羽色の髪が散る。

終わりに金属が合わさる音がして、すっかり昔の髪型に戻った自分が鏡に映っていた。
あの頃の自分はもういない。
そしてこれから、もう二度と主人に従者として顔をあわせる訳にはいかない。
彼の記憶に名前も行為も残らなくていい。ただそっと彼の影を守れればいい。

だから、せめて、姿だけでも。

あの時の似姿として一時、彼の中の思い出になれるように。




『───素敵な教会跡を見つけたので、そこで───』


カウントダウンの終わりは、あと少し。




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