黒猫と革紐。 | ナノ


砂糖と連星《BK》※現パロ


くるくると熱で伸ばした飴を巻いて、伸ばして、また巻いて。

熱い飴の塊にじりじりと指先を焦がしながら、ケビンは少しずつ出来上がっていく大輪のバラを眺めた。
白いバラに緑色の飴と砂糖の粒で作ったブローチのようなかすみ草と、淡い桃色と黄色の小花を少し。
得意とするレースのようにふんわりとした飴のベールを絡ませて、可憐なケーキのトップは出来上がりつつあった。


『ウェディングケーキをお願いしたいんです』


それは小さな洋菓子店を開いてから初めての大きな仕事で。
仕事帰りらしいスーツの男と少し頬を染めた初々しい若い女。彼女の好きな白いバラをあしらって下さいと男が言ったとき、幸せそうな二人が少しだけ羨ましかった。
今時、わざわざ菓子屋にウェディングケーキを頼むカップルは珍しい。
それだけ式を思い出の残る大切なものにしたいのかと思い、完全に彼らの為だけのオリジナルにするつもりでアイディアノートを取り出すとそこに白い大輪のバラの輪郭を取る。デザインを三人で決めていく間も花嫁の顔はふわりと綻んで、鉛筆を握る手はそんな二人に似合う真っ白なケーキを描きだした。

段々とスケッチに近づいていくケーキが乗る作業場にはクリームの入った銀のボウルやガラスの計量カップ、こぼれた少しの粉砂糖。ラム酒漬けの果物は既にスポンジに挟んであり、今塗っている表面のクリームが終われば作っておいた飾りを飴の軸で固定してやり、バランスを見て出来上がり。


「……ふう」

粉だらけの指を払い、時計を見れば既に一日の終わり。
朝までに完成させて昼前には引き渡す約束だが、これならあと半時間もしないうちに出来上がりそうだった。
幸福の出航に合わせるように、スカイブルーのマジパンで作った二羽の小鳥。ちょこんと二段目の土台に座らせて、少し調整をかけてからケビンはふうと息をついた。
濡れ布巾で指先を冷やし、ついでに顔に掛かった粉砂糖を拭き取る。

ここまでくれば後は先程まで格闘していた飴細工を乗せて───



「ケビン!」

「っ?!」



───危うく、自分の頭に花を咲かせるところだった。


「……ザクス」

「あ、作業中でした?」

あははは、と気の抜けた笑い声を響かせて現われたのは見覚えのある、否、ありすぎる白で。

鏡写しの姿に変化を付けたいのか肩上まで切った髪と隻眼の紅い柘榴石。仕事終わりでそのまま駆けてきたのか少し上下させている肩を包むのは名の売れたブランドのマフラーで、仕立ての良いオーダーメイドのスーツと共に仕事が順調なことを物語っている。
残念なことに双子の片割れでもあるその男は何やら大きな紙袋を胸に抱えて戸口に立ち、粉まみれのこちらを笑っていた。


「……何しに来たんだ」

顔全面で好きから百八十度離れた感情を表現してやり、そう問い掛けるとぴっと差される自分とそっくりな、しかし自分と違い飴による火傷の無い綺麗な指。

「それデス」

「何がそれだ」

「はいこれ、プレゼント」

「?」

相変わらず、人の話を聞かないところは自分と似つかないままらしい。しかしそれについて特に悪怯れる様子もなく、片割れはおもむろに眼前へ件の紙袋を突き付けたかと思うとバンと袋の両端を持って勢い良く中を開く。
仕方なく見てやると中は白と緑が織り交ざった植物で───


「ケビン、ハッピーバースデイ」

「は?」


一瞬、乗せようとしていた花束の飴細工が取られたのかと思った。

けれどよく見れば練った飴特有のシルクのような艶はどこにもなく、代わりに飴にはない目が覚めるような鮮烈な香り。薫り高い白いバラとかすみ草の、本物のミニブーケだった。


「誕生、日?」

「ああ、やっぱり忘れてる。ここにもカレンダーぐらい置きましょうヨ」

挟まれたカードには今日の日付と祝いの言葉が癖のある筆記体で書き殴られていて、彼本人が書いたのだと分かる。
すっかり忘れていたが、今日は自分と、片割れが生まれた日だった。

(……誕生日…か)

ケビンが一人で外国の修業先から戻ってきたのは丁度一年前。今日が誕生日だと言うのなら、それから丸十二ヶ月誕生日などすっかり忘れて店の事に掛かりきりだった計算になる。
学生の時に初めて双子が違う道を選んでから目標だったこの店を立ち上げるまでただがむしゃらに走ってきたのだから当然かもしれないが、それまで自分の誕生日なんて一度も考えたことはなかった。

双子で道を違えたのも、これほどがむしゃらに勉学に時間を費やすべき時間をキッチンに居る時間に充てたのも、ケビンにとっては初めての経験で。時には立ったまま眠ってしまうほど打ち込んだその頃の記憶は不思議と楽しかったと思え、今でもふと思い出す事がある。
しかし去年の今頃やっと国に帰ってきても店の立ち上げ準備に追われ、よく考えてみると向こうから店に顔を出されるまでろくに連絡すらしていない。住所を書いた手紙を送ったかどうかすらもあやふやだったのに、そんな自分の記念日を彼は覚えていてくれたのだ。

もちろん、この何年か全く音沙汰が無かったわけではない。帰ってからは何度か電話をしたし、たまに家の方に訪ねてくる事もあった。けれどそのほとんどは片割れからで、自分から彼に何かをしたという記憶はあまり無かった。
現に今も似合わない花束を抱えて掛けてきたのはザークシーズで、ケビンはと言えば片割れの記念日でもある今日をすっかり忘れていた。

それを思うと、ちくりと胸に朿が刺さる。


「………、」

「ケビン?」

贈り物が気に食わなかったのではと思ったのか、珍しく不安げに紅の瞳が覗き込んでくる。
それとも、仕事の邪魔をして怒らせてしまったとでも思っているのか。
しかしその誤解を解かないままにケビンはうつむいてしばらく黙り込み、やがてふと顔を上げると手に持った花束を片割れに押しつけた。


「えっと…ケビン…?」

「……ってろ」

「はい?」

「それ持って、二階に上がっていろ」

「…え?」

「早く行け」

「……ハイ」


思い、決心し、動きだすまで数秒間。

ケビンは片割れを自宅である二階に追い立てると苦心した飴細工を残り物と同じ扱いで冷蔵庫に放り込み、ガチャガチャと危なっかしい所作で手近なボウルの中身を洗って小麦粉や砂糖を引っ張りだす。
菓子職人としてなら間違いなく落第点を付けられそうだったが、営業時間外だと言い訳を付けてケビンは卵を作業台で叩き割り、雑な割に高い精度で黄身だけをボウルに入れたかと思うと少々乱暴に泡立て器を突っ込んだ。他にも店頭に並べるものであれば絶対にしないであろう反則技をいくつかやってのけ、小さなカップ二つに中身を注ぎ込んでオーブンに入れる。

(あと三十分か……)

ちらりと時計を見てから手元に視線を戻す。
焼き上がるまで十五分、仕上げるまで五分。二階に上がる時間もきっちり計算してから、ケビンは空いていたもう一つのボウルを引き寄せた。



(……随分遅いな)

二階に追いやられ、仕方なく腰を下ろしたザークシーズはいつになく無愛想な双子の片割れを思いため息を吐いた。
久々の再会だというのに、いまいち彼の笑顔を見ていない気がするのは錯覚か。

(忙しいから仕方ない、か。ちゃんと寝てるんでしょうかね)

一つの事に打ち込むと度が過ぎて立ったまま寝るような性格だった彼を思い浮べる。
本人は覚えていないかもしれないが、物音に飛び込んだキッチンで倒れていた彼をベッドまで運んだのは他の誰でもない、ザークシーズだった。一瞬、まさか今回も作業台を枕に倒れているのではないかといやな予感が頭を掠めたが、いくら何でももう学生ではないのだからと首を振る。

(しかし…万が一ということも……)

───そう考えた瞬間、下の方で何やら大きな音がした。

(……ケビン?!)

最悪の事態が脳裏によぎったザークシーズは焦って下へと続く階段の扉に駆け寄り、ドアノブを掴む。

が、乱暴にノブを回し、精神的に成長してないじゃないかとこっそり愚痴りながら開けた扉の向こうには呆れた表情の双眸がこちらを見上げているだけだった。


「………、あら?」

「お前、何やってるんだ?」

両手に可愛らしいカップを抱え、片足を突き出した状態で階段の下に立っているケビン。先程の音は両手が塞がってドアを開けられなかった片割れが思い切りドア板を蹴飛ばした音だったらしく、履いていた靴が片方すっぽ抜けていた。
なんともダイナミックな方法で扉を開いた彼はとんとんと階段を上がるとじろりとこちらを睨む。


「まさかまた私が昏倒していると思ったんじゃないだろうな」

「……えーと、何持ってるんです?」

「図星か。…まあいい」

愛想笑いを浮かべる隻眼をばっさりと切り捨てながらもケビンは小さなテーブルにカップを二つ並べ、一つを片割れに示した。
白のカップにチョコレート色をしたシンプルなケーキ、ちょこんと乗った夜空の星の砂糖菓子。
甘い匂いを振りまくそれには、一つずつ細いキャンドルが立っている。

「これは……」

「生憎、すぐに作れるものがこれくらいしかなくてな」

他のでは間に合わなかったし、と差された指の方向を見ると時刻は十二時二分前。

ハッピーバースデイ、と囁かれた小さな言葉を頭が飲み込むのに少しかかった。


「ハッピーバースデイ、ザークシーズ」

「………、」


呆然と見つめるこちらをふっと鼻で笑い、同じ顔をした双子の片割れは水差しに差した花束のバラを一輪抜き取って自らのカップに寄せた。
花嫁のベールのように、落ちた花弁が星の砂糖菓子にかかる。


「要らないならゴミ箱に放り込むが?」

「あはは、そんな訳無いでしょう? ……頂きますヨ」



言って、互いにぽっと火を灯したキャンドルの炎が二つ、ぼんやりとオレンジの明かりを広げる。

「…ハッピーバースデイ」

どちらからともなく呟いた祝福の言葉は、淡く炎を揺らして煙へと変えていった。



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