ダイショウ
「誰も、いないね。シロウサギも」
「そう。次はどこに行こうか、僕らのアリス」
「どこでもいいよ。チェシャ猫と一緒なら」
「………、」
何故だろう、とても苛々する。この結末は僕が望んだ事なのに。
今の彼女は心から僕を信頼して、以前のように疑う事も忘れてしまった。
それは、とても幸せな筈だったのに。
アリスが笑ってくれない訳じゃない。身体も以前と何が違う訳でもない。
でもどうしようもなく苛々する。僕は望んで君を手に入れた筈だったのに。今のアリスはただの人形のようで、何かが欠け落ちたようにしか思えない。
「チェシャ猫」
名前を呼ばれて、はっと気づく。その目は、僕の言葉を待っていた。
───そうだ。この目だ。
疑問を感じなくなってしまった濁った目。
アリスをそうさせてしまったのは僕なのに。
「アリス……」
「チェシャ猫、どうかした?」
「……ごめんね」
「え?」
僕は君が欲しかった。僕だけのアリスが。
でもそれは、僕には過ぎた願いだったんだ。
シロウサギを追わないアリスはアリスじゃない。
たとえ形だけウサギを追っていても、彼女はもうアリスではなくなってしまったんだ。
「……ごめんね」
「どうして謝るの? 変なチェシャ猫」
当然、アリスは僕を責めることもない。
「ねえ、次、どこに行くの?」
すっと手が差し出される。ゆるい笑みを浮かべて、アリスは手を引かれるのを待っている。
───その様が、もう戻れない僕の肩にずしりと伸し掛かった。
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僕のアリス より。
サルベージ文。
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