黒猫と革紐。 | ナノ



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ドン、と。
大きな反動を示す音と共に銃口から放たれた、鈍色の流線型。

それはチェインの脇をするっと通り抜けると───当然の事ながら、その正面の壁に激突して派手に凹みを作った。



「………、あれ?」

「だから止めろと言ったんだ!」



半分青筋を立てて怒る。
大人の影に隠れた子供の、ただでさえ狭い視界だ。そこから近いとはいえある程度は距離のある標的を貫くには、かなりの腕が要るだろう。それに、この銃の反動も相当のものだ。当然といえば当然の結果かもしれない。

ただ一つ幸いだったのは、その音に反応したのか相手の動きがぴたりと止まった事。

混乱が覚めたのか、カチャカチャと地面を引っ掻くような音と共に相手がこちらに向き直るまでの間に崩れた体勢を整え、決まりが悪そうに渡された銃を受け取った。


「ったく……」

「へへ、ごめんごめん。弾はまだ入ってるからさ」

「これで空だったら本気で怒るぞ」

「でもその時はその時、だろ?」

「………、まあな」


ガシャン、と機械のような音が周囲の空気を振動させる。
正気に戻っても目的はあまり変わらないらしく、矢のような速度で突っ込んでくるのは夜闇に相対する白い武器。同じ白でも随分と品のないその白濁した色を見て、無意識に口元が卑しい弧を描いた。
主人の細い身体を隠すように自分の身体の後ろへ除け、微塵も揺らがない動作で鉄の塊を水平に構える。


「───そろそろ帰る時間だな」

「ん、そうだね」


見上げた空にぽっかりと浮かぶ、光に押し退けられた薄い月。
その儚い光を受けた白い腕がこちらに伸びるよりも一瞬早く、空を裂く冷たい鉛が異形の胴を打ち抜いた。





「───それで」

「それで?」


───何だか、この会話は前にもあった気がする。
既視感、俗に言うデジャヴとかいう奇妙な感覚をひしひしと感じつつ、ギルバートは目の前の白い上司の顔を見つめた。濃紫のシャツに緩く上着を羽織った姿が朝から全く変わっていない上司はさらさらと手にした書類に報告を纏め、ふうんと一つ頷いてこちらに視線を移す。


「何ですか?ギルバート君」


問い掛ける片手間で器用に動く、ペンを握った色の白い指先。
澄んで見えるその色にどこか安堵したのを頭で確かめてから、すうと大きく息を吸い込んだ。
煙草の煙を吐き出すように長めにため息をつけば、返ってくるのは不思議そうな眼差し。その顔を正面から真っすぐに見据え、出来るだけ感情が入らないように努力しながら淡々と告げた。


「お前───昨夜、あの場所に居ただろう」

「ハイ?」


白い上司はくいっと片眉を上げ、それまでさらさらと紙の上で走っていた手の動きを中断する。それからあまり間を開けず、不思議そうな表情を崩さないまま彼は口を開いた。

「私が、ですか。見間違いではなく?」

「……あの時の弾は擦りもしなかった筈だ。なのにあれだけ素直に暴走した筈のチェインが止まるなんて、普通なら考えられないだろう」

他に要因があれば別だが、と間を置くと、今度は盛大に顔をしかめられた。それが示すのは嫌悪感ではなく、数式の問題に古語で答えた子供の答案を見る親のような、純粋な呆れの感情。まるで聞き分けのない子供に言い聞かせるように、目の前の人物はことりとペンを置く。


「……あのですネ、彼らに私達の常識が通用しないくらい、君も分かってるでしょう。君は彼らも律儀にドアをノックして入ると思ってるのかイ?」

「誰かに強制されれば奴らもノックぐらいするだろう」

苛々と指で近くにあった椅子を叩きながら、珍しく皮肉めいた反論が口を突いて出た。
らしくないと分かっていながらもそれを撤回せず、乱雑な動作でスラックスのポケットに手を突っ込むと中からキラリと光る何かの欠片を取り出す。


「例えば……こんなもので脅されたり、な」

「……おや」


銀色に尖ったそれは、刃物の先端のように見えた。

それが目に入った途端、白い上司が無意識に自重を掛けている杖の先がぴくりと僅かに、注意していないと気付かない程度に反応を示した。その杖先は少し汚れており、赤土色の細かい粉が纏わり付いている。
───例えば、それと知らず崩れた煉瓦が散らばった地面を突いてしまったかのような、細かい粉塵が。

それを目で確認した彼はごくごく自然な動作で杖を空いた手に持ち替えようとして、

「っ、」

がっ、と。
そのまま退こうとする刹那、それより早く伸びた手が暗い色をした杖を華奢な指先から弾き飛ばした。からから、と地面を引っ掻く気の抜けた反響音。
接触の衝撃で仕込みが顕になった刃の切っ先は、酷い歯零れと先端の欠如が痛々しかった。



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