V
(………何なんだコイツは…)
頭の中でもう一人の自分が客観的に事態を眺める。
自分は魔女に相対する敵である騎士であるから武器を失った時点で殺されてもおかしくはないのだが、先程からどう見ても弄んでいるだけにしか見えない魔女の行動。それが、妙に引っ掛かった。
「何が………狙いなんだ…?」
「ハイ?」
ふと気が付くと、既に疑問が口をついて出ていた。
「騎士団の情報を集めて、一体───本当にお前らは街の子供達を………」
連れ出しているのか、と問い掛けようとした言葉は、
「はぁ?」
素っ頓狂に発された魔女の疑問符にタイミングよく掻き消された。
「え?」
「……何言ってるんデス?」
それまでの雰囲気から一転、彼はこちらの言うことがまるで分からないといった様子で首を傾げ、じっとこちらを見て黙り込む。
唐突な事に、こちらの方が首を傾げたくなる気分だった。
(………どういう事だ?)
今まで、散々自分達は教会本部から魔女のやってきた悪業を知らされてきたのだ。今や街の人間のほとんどがここ一連の事件の犯人が魔女だと知っているのに、何故当の本人が知らないのだろう。もしや本当に端の端の人間なのかと訝しんでいると、少し頭の中で整理していたのかふんふんと一人で頷いていた魔女が口を開いた。
「もう一度聞きますケド───何を言ってるんですか?君は」
「何、って………だからお前達が最近起きている子供の誘拐の犯人じゃ……」
途切れ途切れに言うと、魔女は訝しそうに眉間に皺を寄せてきっぱりと言い放った。
「……どうして私達がそんな馬鹿げた真似をしなくちゃならないんですか」
「な………」
「大体、子供をどれだけ連れ去った所で私達に何の利があるんです? お菓子の城を作ってあげようと思える程私達は暇じゃあありません」
人の身体を使う魔術はとっくの昔に禁止されているし、と魔女は呆れたように付け足した。明らかに噛み合わなくなった話に、動揺だけがぐるぐると巡る。
(一体どうなって………)
まともに目の前の状況と自分の中の情報が合わせられなくなり、余計に頭が混乱した。教会からの情報と明らかに合致しないのだ。魔女お得意の嘘なのか、と考えたが、それにしてはどうもおかしい。
そうこうしていると、ダメ出しのように魔女がこちらを指差した。
「どうも勘違いしているようなんではっきり言っておきますが、私達はあなた方騎士が言うような愚かしい真似は一つたりとも………」
していない、と言い切る前に、魔女ははっと押し黙った。少し間を置き、そういう事かと小さく呟く。
「ああ……なーるほど」
「………?」
ぽん、と手を叩く音。
魔女は一人で勝手に納得するとその場で立ち上がり、すっと手を差し出した。まるでこちらが立ち上がるのを手伝うような仕草に、思わず眉根を寄せて相手を見上げた。
動作から察するに掴まれという事なのだろうが、さすがにこちらもスミマセンありがとうございますと手を取る訳にはいかない。
「……、何の真似だ」
「君の言う事を信用する訳ではないですケド、どうやら予定を変えないといけないようで。ついでなんで手伝ってあげます」
「ふざけるな、お前なんかの手は借りない!」
「ああ、また審問を再開しますか?」
「お前が本物の魔女だと分かった以上、お前は教会に仇なす異端だ」
そう口にしながら手足に力を入れて立ち上がろうとするが、まだ残る眩暈に似た感覚に無理矢理身体の中を掻き混ぜているような吐き気が混ざり、思うように足が動かない。歯噛みしながら正面の魔女を睨み付け動けないでいると、不意にふわりと身体が浮くような感覚が背中を走り抜けた。
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