黒猫と革紐。 | ナノ



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「っ…!」

寸前で銃口から放たれた弾があらぬ方向に飛び、固い柄に当たった指先がじんと痛んだ。



「異端審問………もとい、魔女狩りどうもご苦労様ですねー。派手に歩いていれば捕まえられると思いましたが、まさかこれほど巧くいくとは」

「何だと……?!」

「私達も狩られてばかりではないという事ですヨ」


特に最近は覚えのない罪が増えてますしー、と鼻で笑ったように吐き捨てて、魔女は指で正確に星の形を描いてみせた。指先の軌跡に白い光が灯り、そこへ様々な文字が何かの法則性を持ってきっちりと羅列されていく。
魔術、と受け身の取れない体勢で単語が頭に過り、急速に思考が焦りを訴えだした。

(ま、ず………ッ?!)

今の状態は完全に魔女に一本取られた体勢なのだ。
銃を跳ね飛ばされては魔女を拘束するどころか自分の身すら満足に守る事が出来ない。いくらこんな状態とはいえ、間合いや向こうがまだ武器を出していない所からも逆転の勝機は限りなく低い事くらい分かる。手の内は明かさないほうが有利なのだ。
どうする、と同じ言葉が何度も頭の中を巡った。

(どうにかして他の奴らに連…)


「連絡ですか?」

「!」


陣を描く片手間で、魔女がにっこりとこちらを見た。相変わらず手首を掴まれたままの状態で身動きが取れないでいるこちらに余裕を示してか、唇がすうっと三日月を辿る。

「ギルバート=ナイトレイ君。歳は二十過ぎそこそこ、所属は教会守護及び異端審問担当の新米騎士様……ふむ、こんなところデスカ」

「何故、それを……!?」

「何故…ってまあそういうモノですカラ、コレは」


両手が塞がっているため顎で差したそこには、鏡文字が渦巻き状にこちらの情報を綴っていた。
どうやら真ん中の陣が本体で、相手の素性を勝手に引き出してしまう術式らしい。こちらの腕にも同じ文字がぼんやりと浮かんでいる辺り、触れている間はかなりのスピードで情報が漏れていくようだ。
振り払おうともがくが、意外にも固く握られた指先が解けない。


「この………!」

「あはは、その状態で捕まえられるなら捕まえてごらんなさいヨ。いやあ、こちらも情報不足でしてねえ、助かります」


グッと掴まれた腕にまた力が入り、耳障りな音と共に目の前の陣が弾けた。

「ハイ、ご苦労様」

「!」


ぱっ、と手が離れた途端に魔女が小さな小瓶を地面に落として叩き割り、栓を無理やり引き抜いたような感覚が身体に走った。その瞬間がくりと足から力が抜け、すとんと石畳に膝をつく。
汚れた地面にキラキラと輝くガラスの欠片が眼前に見えた。


「うっ……ぐ」

グラグラと揺れるような眩暈が視界を蝕み、まともに身体を起こしていられなくなる。息を荒げながら脂汗を浮かべて正面を見上げると、嘲笑とも取れる笑顔を張りつけて屈み込む魔女と目が合った。
鍔の広い黒い帽子に、ぐねぐねと曲がった樫の箒。その帽子にゆっくりと手を掛けると、彼は仕事終わりに一息吐くようにそれを脱ぎ捨てる。


「……やれやれ、意外に暑いんですよネこの帽子」


(……!)

雪のように白い髪と、紅玉をはめ込んだような紅色の瞳がそこから覗いた。

陶器人形そっくりの色素の薄い肌をしている割には強かだとか慇懃無礼だといったイメージが妙にぴったりに見える顔立ちに、くつくつと楽しそうに笑い声を上げて屈み込んだ紅がさながら透き通った飴玉のように悪戯好きな光を返している。
思わず凝視していると、瞳に映る姿すら好いように翻弄されているような気がしてきて、焦って視線を外した。しかし、それも一瞬遅かったようで、華奢な指先にくいっと顎が持ち上げられた。


「へー、粗暴さに似合わず色白なんですネェ」

「っ、触るな!」

バシッと反射的に腕が指先を払い除け、きょとんとした表情の魔女と目が合った。無理矢理に動かした所為か、ビリビリと腕が痺れる。

「つっ…」

「おやおや、大丈夫デス?」


少しも心配していない口調で魔女が顔を寄せて言う。
それを拒絶してキッと睨め上げると、今度は痺れた手足の状態を興味深そうに観察し、何故か当てが外れたようにあら?と首を傾げた。


「うーん……調合間違えましたかね?」

「何、だと……!?」

「はー、やっぱりあの男の用意した材料なんて手を付けるんじゃなかった」


意味が分からない言葉を呟いた後、魔女は少し額に手を当ててから何かを一人ごちた。
訳の分からないまま文句のような言葉をぶつぶつ呟いている魔女を見上げると、彼はひとしきり言い終えたのか触れていた額からぱっと手を離す。



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