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「───だから、職業は何だと聞いている」
「えー……、魔女?」
「………、」
場所はメインストリートから一本外れた人気の無い路地裏。教会により指揮された騎士団による自警が頻繁に行われる、平和とは言えない時代。
もう少し、答えるにしても言葉を選んでもらいたいものだ────ストレートに発された異端宣言に、黒髪に金眼の青年は遠い目をして息を吐いた。
「ハァ……」
「あー、何ですか、ヒトがせっかく質問に答えてあげたのに」
指先から奇妙な膏薬の匂いを漂わせるその不審な人物は、手に持った箒を茶目っ気に抱き締めるとそう口にして小首を傾げてこちらを見つめた。
怪しい人物が店の前でうろついている、との報せを受け、いかにも異端ですスミマセンといった格好の彼もしく彼女を路上のど真ん中で見つけて路地裏に引っ張り込んだのは僅か十分程前の事。しかし、会ってほんの数分もしない内に自分はこの人物に対する判断をあらかた下してしまったと思う。
継ぎ跡だらけでくたびれた三角帽子に陰気な長いローブ、ごちゃごちゃとした大量の干し草のアクセサリー。
格好だけで言えば、この人物はまさしく現在街中で探している『魔女』だった。
(……今の時世を分かっていないだろう、こいつは)
自分が所属する騎士団の仕事は、異端と思われる人物を見つけだして審問を行ったのち、教会に反する『魔女』だと判明すればそのまま捕まえて然るべき処罰を行う事だ。
『魔女』とは教会の聖なる教えを脅かすイレギュラーであり、怪しげな術を使い、時に洗礼を受けない嬰児を生贄に人の心を惑わす邪法を操る異端。
時間を誤魔化す術で若さを保っている者もいると報告されている人外の生物だ。
その魔女から街の罪なき人々を守るのが、騎士団に所属し異端審問に配属された自分の任務。
特に最近はあちらこちらで魔女による騒ぎが起きており、街へ派遣される騎士の数もケタ単位で増える始末だ。夜中に火を焚いて何かを燃やしていたり、年端もいかない幼子を街の外へ連れ出そうとするなど、彼らの手口はこれまでの人目を避けるひっそりとしたものから急に派手なものへと変化している。
自分はまだ本物の魔女を審問したことなどないが、情報によると彼らは単独で行動する傍ら怪しげな集まりを開いているという事であるし、近頃起きた街の子供ばかりが相次いで連れ去られる事件についても魔女が犯人として関わっているらしい。
幼い頃から身寄りを無くし、シスターに拾われて教会で育ってきた自分にとって、一人でも本物の魔女を見つけることが出来れば教会に恩を返せる貴重なチャンスだ。
そんな訳で、のほほんと目の前で魔女宣言をされたからには逃す訳にはいかないのだが、
(まさか本気でこんな奴が魔女……じゃないよな)
見つけた以上、たとえ趣味の悪いイタズラだろうが本物だろうが雇われの職業魔女だろうが審問しなければならないのがこちらの仕事だ。
鍔の広い帽子で顔はよく見えないが一見してまだ二十代ぐらいに見える若者を見て、こんな格好をしてさえいなかったらきちんとした身なりに見えるのに、と更にため息を深くした。
「………お前、今の言葉に偽りはないな」
「どうしてです?」
「証拠を見せろ。これは命令だ」
苛ついたように片手で頭を掻き、目の前でにっこりと笑う魔女の手首を掴んだ。細く華奢で、ともすれば折れてしまいそうな白い手。しかし、意外にも掴んだ感触はしっかりとしていて、女ではなく男である事が伺えた。
「お前が本当に魔女なら連行して火炙りにされるのは目に見えている。撤回するなら今しかないぞ」
懐に納まった銃に片手を添えてガチャリと重い鉄を起こす。
大抵はこの動作と言葉を聞いて手の平を返したように冗談だったと弁解する輩がほとんどなのだが、驚くことにこの───あくまで未定だが、魔女は、笑みを崩さずに掴まれた手首を空いている手で素早く握り締めた。
(な……!?)
「───『 。』」
驚いて腕を引っ込めようとするこちらをフードの下から見据え、唯一見えている口元が何かを呟いたように小さく動く。
捉えられなかった一連の動作に、背筋にさっと嫌な感覚が走った。
そして、
「ッ!?」
ぽんっ!と。
言葉が声となって耳に届いた瞬間、いくつもの紙リボンと万国旗がひらひらと四方に弾けた。
どの旗にも奇妙な人形の顔が描かれたそれが思い切り顔面に被さり、突然の出来事に口と声が見事にズレて空回りする。
「な…っ!?」
「くふふっ……あははははっ!」
ぱくぱくと唇だけを動かして固まってしまうこちらの腕を離して人差し指を向けたかと思うと、悪戯が成功した、といった様子で魔女は被った帽子が横にずれる程盛大に笑った。
ずれた帽子から銀が混ざったような白い髪がチラチラと覗き、反発し合うコントラスト。それにハッと意識が覚醒し、焦って懐から銃を取り出そうと身構える。
しかし、魔女は一気に間合いをゼロまで詰めると、視線を合わせたままで銃を持つ手を根元から掴んだ。
「!」
「つーかまえた」
体温の低い華奢な手からは想像もつかない程、がっちりと強く握られる手首。
「お前、本物の……?!」
「だーかーらー、さっきから言ってるでしょうに」
嘘なんて吐いてませんヨ、と呟きつつ、脇でくるっと回転させた箒が勢いがついたバネのように大きく跳ね上がった。
そのまま反転するように箒が起き上がり、バコン!と嘘のように箒の柄が構えた銃を跳ね飛ばす。
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