V
(っ、そうじゃなくて……一体どうすれば阻止できるんだ!?)
最早来る気満々の兄である。
一人は純粋に、もう一人はかなり不純な思いを抱いている事が明確だ。せめて三日間ある文化祭のうち一日一人ずつ来れば良いようなものだが、そうすると残りの一日に二人揃ってしまうだろう。
何だか小難しい謎掛けに挑戦しているような気分だが、始めから解けるように作られている謎掛けとこれとは根本的に違う気がする。
しかも、
「あ、エリオット。もう食べてたんだ」
「……、リーオ」
にこにこと笑いながら部屋着に着替えてやって来た跳ねっ毛の友人。そのポケットから僅かに見える───何かの端っこ。
それはやはり、彼が書いていたあの紙切れなのだろうか。
「今日のサラダ、美味しそうですね」
「ああ、まだあるから足りなくなったら言ってくれ」
「ありがとうございます。ところで───文化祭の招待状、エリオットからもらいました?」
「っ、リーオ!?」
丸いレンズの眼鏡がきらりと光を反射する。
要するに、自分以外に味方は居ないらしい。
「えっと……いや、まだもらっていないが」
「そこで普通に受け取ろうとするな馬鹿野郎ッ!!」
「え、その……」
「もう、落ち着きなよエリオット。お義兄さんびっくりしてるじゃない」
「だあーもう黙れリーオ!」
がったーん! とエリオットの椅子が勢い良く吹っ飛ぶ。
途端にそのとばっちりを受けた黒髪の兄が椅子から滑り落ち、思い切り床に頭を打ちつける快音が響いた。『いっ?!』という悲鳴を無視し、しっかりと招待状を手にしている友人からそれを取り上げようと藻掻いていると、不意に伸びる白い指先。
ひょい、と宙に浮かんだのは二枚の紙切れだ。
「………え?」
「煩いなあ……ご飯食べられないじゃない」
罰として没収、といかにも眠たそうに招待状を取り上げたのは、目を回している黒髪の兄の腰にちゃっかり腕を回しているオッドアイの弟だった。自分の分の食事は終わったのか、両手が塞がっている彼はソースが付いたらしい唇の端をぺろりと舐め、二枚の招待状を自分のポケットにしまい込むとにっこりと笑った。
「わざわざ招待状までくれるんだから、行かないと可哀想だよね。ぶ・ん・か・さ・い」
「ちょっ………待てヴィンセント!! それをどうする気だ!?」
「あ、無料券も付いてる。ふふ……楽しみだね兄さん?」
勿論一緒に行こうね? と至極楽しそうに事情が飲み込めていない兄の肩を抱いたヴィンセントはそのまま彼を連れて自分の部屋に続く廊下に出ていく。『頭痛くない? 診てあげる』などとあからさまな言葉を字面通り素直に受け取り、痛みで酷く涙目になっている兄の翌日が心配な所だが、問題はそちらではない。
「しょっ、招待状! 今からでも遅くは───!?」
「もう無理だよ、エリオット」
あの部屋絶対鍵掛かってるよと懸命な判断をした友人が肩を叩く。それでなくとも今部屋に入るにはかなりの勇気が必要だろう。
こうなってしまっては、もう時は遅しだ。
「……ギルバートの椅子引き倒したのお前だろう」
「え、偶然だよ。偶然足が引っ掛かって偶然お義兄さんが頭打っちゃったんじゃない?」
「後でその眼鏡叩き割ってやるからな」
「それは困るよエリオット」
スペアが無いんだからと嘯いたリーオを恨みがましく睨むと、にこにこと笑う彼はすっかり荒れ果てた食卓につきながらふと思い起こしたように顔を上げた。
「……何だよ」
「んー、明日来れなくなるくらい痛めたら困るかなって」
「何をだ」
「腰」
「ッ!?」
───さらりと言ってのけた友人に少年が夕食を吹き出したのは、また別の話である。
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みなも様へ
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