黒猫と革紐。 | ナノ



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「……ふぇ…?」

「はい…?」

オズとギルバート、二人の呆けた声が重なる。
文字通り、ブレイクの刃が風を切った───空振りしたのだ。

ギルバートの頭上の遥か上を通り過ぎた刃はどう考えても当たる軌道ではない。そして、ブレイクの技術上外れたという事もまずないだろう。
外れていないのなら、外したという他にない。
張り詰めていた緊張感が一気になくなり、ぽかんと口を開けたギルバートと呆気にとられたウィンドウ上のオズを交互に見て表情を楽しんだあと、ブレイクはケタケタと笑いだした。


「いやあ、二人共本気で焦るものだからつい……」

「え? ……ええ!?」

「でもまあ泣き虫ギルバート君の度胸も見られましたし? 演技過剰もたまにはいいでしょう?」

そう言って、ムラマサを解除したブレイクは身構えたまま固まっていたギルバートをひょいと持ち上げた。

「ほら、見えますか?」

「……!」

ブレイクが持ち上げたギルバートの腕は、標準装備のバスターにコンバートされていた。
そんな指示をあの瞬間に出した覚えはなく、またあの状況でバスターを出す指示をするくらいなら二枚目の『ドリームオーラ』を優先させただろう。
つまり、ギルバートが自分の意思でブレイクを迎え撃とうとしたのだ。
当たったところでのけぞらせる威力などない、ろくに強化していないバスターで。

「ギル……」

「こ、これはえっと…バスターならすぐに出るかなって、そう思ったらいつの間にか……」

「いえいえ、たとえそんな豆鉄砲でも逃げずに私に向けてきた事は賞賛に値しますヨ」

「え」

「ブレイク、言葉はもう少し選びなさい」

シャロンがたしなめるとブレイクはくっと肩を竦め、分かりましたとやる気なさげに呟いた。
それから、思い出したようにあ、と短く声を出す。

「お腹は大丈夫ですか? 面倒だったのであまり加減せずに蹴ってしまいましたケド」

「だ、大丈夫です…痛いですけど……」

「流石にリンゴを出す訳にもいきませんから、後でオズ君にリカバリーして貰って下さい。お詫びと言っては何ですが、代わりにこれを差し上げましょう」

ブレイクがポケットを漁り、鮮やかな包み紙にくるまれた飴玉を取り出す。それをギルバートの手に落とすと、ポンポンと頭を撫でた。
ブレイクなりにギルバートを気遣っているらしく、ギルバートの表情も少し和らいでいた。

「あ、あの……ブレイクさん」

おずおずとギルバートがブレイクを見上げる。

「ハイ?」

「えっと……ありがとう、ございました。痛かったし、怖かったけど……ナビは自分から戦わなきゃいけないって、教えてくれたから……それに、電脳水で攻撃する前にあの最後の技を使ってたら、避けられなくて何もできなかったのに使わなかったのは……」

「……そんな大層な理由じゃありませんヨ。あの時は単に気が向かなかっただけ、長ったらしいお説教もあんまり君が泣き虫だから深刻を装ってからかってみただけデス」

明後日の方を向きながら言ったブレイクを見て、シャロンがくすくすと笑う。

「礼は素直に受け取るものですよ。貴方も今日は久しぶりに身体を動かせたでしょう?」

「はいはい、お嬢様はギルバート君くらいの年頃に弱いんですから」

「何か言いました?」

「いーえ?」

いたずらっぽく言うとブレイクは電脳世界からログアウトし、青いデータの粒子となって消えてしまった。
唐突なことに驚くギルバートを他所にシャロンがため息を吐く。

「逃げましたわね…」

「い、いいんですか?」

「構いませんわ。どうせすぐに戻ってきます」

シャロンはモニタのギルバートからオズに向き直ると、すっと握った手を差し出した。

「そういう訳ですので、残念ながら今日はここまでです。これは今日の手合わせのお礼に」

「そんな、いいよシャロンちゃん。無理を言って相手してもらったのはこっちだし」

「ですが、ブレイクに勝手をさせてしまいましたから」

そう言って、開いたシャロンの小さな手には、淡いピンク色をした小さな記録媒体があった。
PETを通じて渡せば済むはずのデータをわざわざ他の記録媒体に入れて渡すということは、セキュリティの甘いPET間での転送やコピー防止のプロテクトが掛かっているのだろう。

「私達の詰め所のPコードです。ブレイクが居ない時でもこのPコードがあれば詰め所にアクセス出来ますから、役立てて下さいな」

「……ありがと」


オフィシャルであるシャロン達の詰め所には犯罪に関する非公開情報のデータベースもある。ブレイクが居ない時でも自由にアクセスできるようになるという事はつまり、シャロンやブレイク以外に───例えば、データベース内の情報に用がある場合でも自由に出入りして構わないということだ。

(こっちがいろいろ漁ってるのに気付かれちゃったか……問題はどこまで知られてるか、だけど)

直接言及してこないのなら、まだ泳いでいてもいいのだろう。裏の読めないシャロンの微笑みに不安を覚えながらも、オズはありがたく記録媒体を受け取った。


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