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例えばそれは他愛もない世間話。
誰かと誰かは付き合っているらしい。
例えばそれは邪気のない純粋な問い。
───お兄さん達って、付き合ってるの?
「ぶふっ?!!」
いきなり発せられた衝撃の質問に、金髪碧眼の少年───エリオット=ナイトレイはそれまで味わっていた茶を盛大に吹き出した。汚いなあ、と先の質問を発した友人が苦笑し、途端にクラス内にばらばらと残ってとあるイベントの準備に勤しんでいたクラスメイトのおよそ半数ががばりとこちらに振り返る。
それほど大きな声ではなかったものの、やはりというか当然というか、この手の話に興味をそそられるのが今の年頃という訳で。
「それ、もしかしてあの金髪と黒髪のお兄さん?」
一人の言葉を皮切りに、次々と準備から手を離した学友達が質問という名のあからさまな好奇心をばしばしとぶつけてくる。
「あれ、あの人女の人じゃなかったっけ」
「それはまた別の人でしょ?兄弟が多いんだし」
「あ、あの金と紅の眼の」
「そうそう、その人」
「黒髪のお兄さんって髪跳ねてる人だよね?」
それぞれ勝手に好きな予測を立て、やがてそれは見事にシンクロを果たして一つの大きな結果へと収束していく。当然、その予測は自分達が今行っている準備の先へと繋がっている訳であり、
「……明日の文化祭、お兄さん達来るの!?」
───と、いうことだった。
「はあ……」
文化祭なんて無駄の極致だ、とエリオット=ナイトレイは思う。
三日に渡って授業は潰れるし、休憩も無いのに一日中誰も彼もが浮かれて校内をはしゃぎ回るし、気が向かないのに無理矢理着替えさせられた格好で給仕の真似事をしなければならないし───何より、授業参観の一環として保護者に招待状を送らなければならないし。
「別に良いじゃない、お義兄さん達呼んだって」
「あのな……」
楽しみにしてるよ多分きっと、と極めて他人事な台詞を吐いてくれたのは黒い跳ねっ毛に丸眼鏡を引っ掛けた同年代の少年、リーオだ。クラスも、ましてや住んでいる所まで同じだというのに、彼はエリオットの事情など綺麗に丸投げして担当する招待状にせっせと宛名を記している。
手渡しが前提なので切手の欄も番地の欄もないそれに堂々と書かれたのは、『エリオット=ナイトレイ父兄、ギルバート=ナイトレイ様』。ちなみに既に乾いている隣の招待状には、同じくヴィンセント=ナイトレイ様と書かれている。
「おい貴様ぁああッ!?」
「はい、出来たよエリオット。一人最低二枚だからこれでノルマ達成だね」
はは、と他人事ライクに笑みを浮かべる跳ねっ毛の友人。
「人の話を聞け!! 何が悲しくてあいつらを呼ばなきゃならないんだ?!」
「いやあ、明日が楽しみだね。心配しなくてもこれは僕がちゃんとお義兄さん達に渡しておくから」
「だぁあああーッ!」
ばこーん、という快音と共に、脚にバネでも付いているのかと疑いたくなるほど跳ね上がる机。途端に書き上がった招待状を死守すべくリーオが身を退き、金髪の少年は論点のズレた会話に自分で終止符を打った事には気付かないままに駆け付けた学友達の手によって強制的に教室から放り出されてしまった。
「……来るなよ」
「は?」
夕刻。
まるで腹を空かせた肉食獣が今か今かと噛み付くのを待つようにこちらを睨んで、義弟は何度目かの呪いの言葉をのたまった。
そんなに腹が空いているのかと手早く間に合わせの前菜を置いても一向に言う事が変わらないので仕方なく応対を諦め、付けていたエプロンを外し出来上がった料理を並べるとぐるぐると唸るような声が聞こえる。
「………お腹痛いの?」
「ああ、ヴィンス。唸ってるのはオレじゃなくてエリオットだ」
「あ、そう」
どうしたんだろうね、と首を傾げて作りかけのサラダに手を伸ばしたのはくすんだ金髪にオッドアイを携えた二番目の弟だ。彼はもくもくと口を動かしながら、観察と言って良い程他人行儀に自分の義弟を見る。
弟はここからすぐの大学病院に勤めているが、医者をやっている故の職業病というよりは単に癖のようなものらしい。
「……ストレスは良くないよ?」
「誰の所為だと思ってるんだ貴様」
「さあ。君個人の生活に僕はそれほど関与してないと思うけど……君は昼型の学生、僕は夜型の医者だし」
つらつらと興味が無さそうに答えて食卓についたヴィンセントは既に出来上がっている義弟の前菜に勝手に手を付け、片手間で近くにあったプリントを拾い上げる。
「文化祭、ね……」
「来るなよ」
「去年は楽しかったなあ…」
「来るなよ!?」
食卓について早々問題のイベントに興味を示すオッドアイの兄に対し、がたんと乱暴に立ち上がるエリオット。
それもこれも、自分がここまで文化祭という学校行事を嫌いになった原因は全てこの兄の所為だと彼は本気で断言できると思う。
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