黒猫と革紐。 | ナノ



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「っ……!」


(さすがにあんなの食らったらきっかけ云々ってレベルじゃない…!)

焦ってオズが地面に倒れたままのギルバートをPETに回収しようとコードを打ち込もうとしたが、その腕をシャロンがそっと掴んで止める。
驚いてシャロンの方を見ると、彼女は穏やかな表情を浮かべて首を振った。

「シャロンちゃん……?」

「オズ様、ブレイクを信じてあげて下さい。そして勿論、ギルバートさんのことも」

「………、」

オズがPETの画面に目を落とす。そこに映る、倒れた小さなギルバートの姿がほんの僅かにあの時と重なった気がして、オズは止められた腕を下ろした。

(ギル……)

もう少し。あと少しだけ、耐えてもらうしかない。それでギルバートが何も得ずに終わったなら、それは全て自分の責任だ。幸い前のナビのバックアップは残っているから、その量産ナビを使って戦いを拒否したギルバートを守っていけばいい。
だから、あと少しだけ───


「ギル。頼むよ。……立って」


画面の向こうへ囁くように告げる。
オズの目に映ったのは、ぴくりと動いたギルバートの指先だった。


「……いや…だ」

「ギル……?」

地面に伏したままギルバートが搾り出すように言う。オズの頭に一瞬最悪の事態がよぎったが、様子を見ているとギルバートの腕はゆっくりと動いていた。

(……!)

震えながら腕が曲げられ、力が入っていく。同じように足にも力が込められ、モニタに映し出された小さな身体が起き上がっていく。
その背中に、一瞬だけあの蒼い炎が揺らいだように見えた。

「消えたら……もう会えない……会えなくなるのは…いやだ……」

虚ろな眼からぼろぼろと涙を零しながら、それでもギルバートは立ち上がった。
眼に光が戻り、キッとブレイクを睨みつける。


「さっきから……勝手な、ことばっかり…いってっ……ボクはずっと坊っちゃんと一緒にいるんですっ! ぜったい、迷惑になんて……なりません…!」

「なら抗ってみなさい。消されたくないならそれしかありませんヨ?」

とんっ、と軽く地面を蹴ったブレイクが一気に距離を詰めて『バリアブルソード』を大きく振りかぶる。半ば転ぶようにして斬撃を避け、続く第二波の射程から逃れた。

「おや? 泣き虫の割にやるじゃないですか」

「はぁ、はぁ…ッ」

「ギル!」

オズが声をかけると泣いて少し赤くなった顔のギルバートが振り返る。指示を伝えると、泣き顔がこくりと頷いたのが見えた。

(……戦ってくれるんだな)

半ば諦めていた状況がゆっくりと好転していく感覚に、オズは少しだけ口元を綻ばせた。バトルチップを転送すると、ブレイクから大きく距離をとったギルバートが地面のパネルにトンと手をつく。そこを中心にフィールドに一気にひびが走り、ガラガラと欠け落ちていった。
数秒後にはギルバートとブレイク、二人の立っているパネル以外の全てのパネルが落ちて、一列ほどズレた形で二人は向かい合った。

「『デスマッチ2』ですか。確かに私の足を止めるには有効ですが、君も動けなくなってしまいましたヨ?」

「……ボクは……坊っちゃんのオペレートを信じます。貴方の言うとおり非力ですけど……坊っちゃんの側にいたいから…!」

「へえ。少しはイイ顔になってきたじゃないですか」

ふっとブレイクが笑う。その表情は先程の嘲笑とは変わって感心の色が混ざっていた。
互いに身動きの取れない状況で慣れない構えを取るギルバートがちらりと向けた視線に、オズは力強く頷いて応える。

(折角ナビが信用してくれてるんだから……応えてやらないとな)

電脳世界へと送られたデータを受け取ったギルバートが眼前にある穴の空いたパネルへ手をかざし、標的に向けて勢いよく振り払った。
動く標的にはまともに銃も扱えない、剣など振るったこともない。そんなギルバートでも相手にダメージを与えられそうなもの。

「『カモンスネーク』っ!」

二人の間を埋めるパネルの全ての穴から召喚された大量の蛇が、移動できないブレイク目掛けてまっすぐに飛びかかっていった。
召喚する形であるからギルバートへの負担は少ないものの、蛇一体あたりの攻撃力はほとんどない。そんなチップを有効に使う手は一つ、蛇が召喚される穴空きのパネルをとにかく増やすことだ。
代償として特殊なプログラムを組み込んでいない限りナビは双方とも動けなくなるが、それも承知の上。
蛇が飛び掛かると同時に、ギルバートはオズが続けて送ったもう一つのチップを発動させた。

「〜っ!」

瞬時に現れたそれを手にした腕をもう片方の腕で必死に支えながら、ギルバートが体勢を整える。
砲丸投げの姿勢をとったギルバートが狙いを定め、勢いよくブレイクの目の前のパネル目掛けて手にしたものを放り投げた。
自身には当たらず目の前に落ちたそれを確認したブレイクがチッと舌打ちをする。


「『カンケツセン』か…!」

ギルバートが放り投げた小さな砲丸が穴に消えた瞬間、蛇に手間取っていたブレイクを巻き込む形で攻撃力を持った電脳水が間欠泉のように吹き上げた。

(出来れば氷結までさせたかったけど……精度が怪しいし、限界か)

───フィールドを水が埋め尽くす中、オズの予想通りギルバートがふらりと体勢を崩す。

「や…やった…? 坊っちゃん、ボク……」

いくらオズにこれから先の手があっても戦闘経験のまるでないギルバートにはこれ以上扱えないだろう。それは技術の問題であり、精神の問題でもある。戦う意思を見せ、一時的に指示通りの動きができたとはいえギルバートはまだ戦闘に必要な集中力を長時間保っていられないのだ。
肩で息をしながらこちらを見るギルバートにオズが応える。

「ありがと、ギル。よく戦って……」

だが、言い終える前に引いていく水の動きに違和感を覚えて言葉が叫びに変わった。


「ギル! かがめ!」

「え?」

ギルバートが指示の意味を理解できずにモニタ越しにオズを見上げた瞬間、水の壁を衝撃波が突き破る。

「ッが!」

「ギルバート!」


反応が遅れたために正面から衝撃波を食らい、小柄な身体が大きく吹き飛ぶ。
よろよろと立ち上がったギルバートの視線の先には、濡れた身体からポタポタと雫を滴らせるブレイクの姿があった。
ぐっしょりと濡れた髪をかき上げ、覗いた紅色の隻眼がギルバートを捉える。


「……流石オズ君。非力なナビに合った大胆な連続攻撃だ」

「がふっ、ブレイク、さん……どうして……」

「ま、好みの差ってやつですヨ」


トントンと足を鳴らしてブレイクが剣を構える。その剣は先程までの『バリアブルソード』ではなく、元のムラマサに戻っていた。

(シャロンちゃんか…!)

おそらく、こちらの『カンケツセン』がブレイクを襲う前にシャロンがソードの変形コマンドを入力、攻撃同士をぶつけて威力を削いだのだ。
攻撃を打ち消すだけの広い範囲を持つ変形はおそらく『エレメントソニック』。ソニックブームと同じ攻撃範囲を持ち、各属性をまとった合計四撃の攻撃を繰り出すその変形は強力だが、難易度は数ある変形の中で最も高い。水の中から襲ってきた衝撃波が最後の四撃目だったのが幸いだったが、もし水の壁が一撃目や二撃目で破られていれば残りの衝撃波の全てがギルバートに直撃していただろう。

(一撃で『バリアブルソード』一本分……合計六百四十ダメージの変形を相殺に使うなんて……)

下手なプログラムアドバンスよりも強力な攻撃を目の当たりにしたオズの額に嫌な汗が浮かんだ。
ちらりとシャロンを覗き見ると、彼女は涼し気な表情で微笑んでいる。
ブレイクの言う通り、様々なチップの組み合わせを研究してフィールドや特殊効果によるダメージを狙うオズと限られたチップを極め、使いこなそうとするシャロンの好みの差による結果だ。

(とにかく一度体勢を整えないと…!)

『バリアブルソード』は消費したとはいえ、ブレイクの手にはムラマサが握られている。こちらの攻撃で被ダメージを稼がれた以上、初めの全く攻撃力のない状態ではないだろう。
受けたダメージの分だけ強くなるムラマサは十分に持ち主の血を吸ったと判断したのか、業火のような妖気を吹き上げていた。

(こんな時に『インビジブル』がないなんて…!)

ギルバートではきっと次に来るであろう剣戟を捌ききれない。どうにかして防御を重ねる必要がある。
反射的に手にとったのは二枚のチップだった。

「ギル、『サンクチュアリ』! 『ドリームオーラ』!」

「は、はい!」

PETに叩き込んだチップを受け取ったギルバートが急いで発動させようとする。発動が間に合えば受けるダメージをしばらく無効化できるはずの組み合わせだったが、ギルバートが一つ目のチップを発動させた時には既に剣を構え直したブレイクが地面を蹴っていた。

(まずい……!)


「判断は上々。問題は君の発動が遅い事だ」

「〜っ!」

「───では、さようなら」


『サンクチュアリ』の効果がパネルを覆う前にブレイクがギルバートが立っている場所に斬りかかる。
ギルバートも反射的に腕を上げて構えを取るが、このタイミングでは二枚目の発動はどう見ても間に合わないだろう。

オズがモニタに向かってギルバートの名を叫んだのと、ブレイクの刃がひゅん、と風を切ったのは同時だった。



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