黒猫と革紐。 | ナノ



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「お、重い……」

「うわぁ……」

とりあえずギルバートなりに努力はしているらしいが、その姿はぷるぷると震えながら漬物石を抱える子供以外に例えが見つからなかった。
さすがに哀れに思えたのでバトルチップを変更し、『スプレッドガン』から少しは軽そうな『ショットガン』を送り込む。

「今度は平気?」

「は、はい……」

「じゃあとにかく撃つ!」

覚悟を決めたのか、はいぃ! と微妙に語尾を震わせながらギルバートがひらひらと手を振るブレイクに照準を合わせる。

「えいっ!」

可愛らしい掛け声と共に発射した貫通する弾丸は、しかし一歩も動いていないブレイクをかすりもしなかった。

「撃つ瞬間に目を閉じるナビがどこにいるんですかギルバート君……」

「ご、ごめんなさい……」

「特に『ショットガン』は被弾したら一つ後ろにも届きますから、オズ君のオペレートだけでなくちゃんと君も周囲の目標の位置関係を把握しておかないと」

かつんとブレイクが持っていた杖を打ち付けると、周囲に大きな『ストーンキューブ』がいくつか設置された。

「たとえば、こんな風に」

杖とは反対の手をコンバートしたブレイクが先程ギルバートが諦めた『スプレッドガン』を構え、ギルバートの横にあったキューブに命中させた。途端、そこを起点に銃弾が八方に広がる。

「うわぁあっ!?」

慌てて跳ねた弾丸から身をかわしたギルバートだったが、移動した先には既にシャロンの指示で回り込んだブレイクが立っていた。

「わっ!?」

「では、次に接近戦ですが───」

パチンとブレイクが握った杖の留め金を外し、中からぶわりと紫色の妖気をまとった『ムラマサブレード』が現れる。

「ひっ、ぼっ、坊っちゃん……」

「バカ、目を離すな! あれ見掛け倒しだから!」

「お、さすがに博識」

言いつつ、目を背けたギルバートの肩をつんつんと刃先でつつく。

「……いたく、ない?」

「ええ、被ダメのないムラマサなんて毛ほどの攻撃力もありませんヨ。それより君はちゃんとオズ君の指示を聞きなさいな。じゃないと───」

ふっとブレイクの姿が消える。
次の瞬間、ギルバートはぽーんと高く宙に舞っていた。

「うわぁあああっ!?」

「おいギルっ!?」

「ほーら、こんな風に飛ばされちゃいますヨー?」

「なっ、わわっ、何ですかこれっ!」

ケタケタと笑いながら遥か下にいるブレイクが構えているのは『フウジンラケット』で、どうやらギルバートは羽根つきの羽根よろしく打ち上げられたようだった。
半泣きのギルバートにオズは『クラウド』を送ってやったが、ぽふんと雲に受け止められたギルバートはえぐえぐと泣き出した。

「うぇっ、むり、むりだって、いっ、言ったのにっ……」

「ギルバート君?」

「坊っちゃんとブレイクさんのばかぁああ……! もうこんなのいやですっ……!」

「………、」

泣き出したギルバートを見てブレイクが呆れ果てた様子で肩をすくめた。眉根を寄せ、口元を嫌そうに引き下げる。

「お嬢様ぁ……私が引き受けたのは子守ではなく練習相手のハズだったんですが? もうプラグアウトしても?」

オズではなくシャロンに言ったあたり、かなり嫌になってきたようだ。
だが、椅子に座るシャロンは紅茶を一口飲んで容赦なく斬り捨てる。

「どちらも似たようなものでしょう? もう少し頑張って下さいな」

「私、泣いてる子供とか無性に蹴り飛ばしたくなるタイプなんですケド?」

「ええ、それで構いませんよ?」

クスクスとシャロンが笑い、ソーサーにカップを戻す。

「貴方にしては努力した方ですが……元から、貴方にまともな教え方が出来るとは思っていません。オズ様も、そのつもりで私達に声を掛けたのでしょう?」


そう言ってこちらを見るシャロンの眼には、いたずらっぽい色とその奥に光る強い力があった。

(シャロンちゃん、相変わらず鋭いなあ……)

どうやら、頼み事を引き受けた時点でこちらが純粋に戦闘指南を受けに来たのではないと見抜いていたらしい。彼女もまたブレイクという特殊なナビのオペレーターにふさわしく、物事の裏を見る力に長けているようだった。


「貴方のやり方で構いませんよ。それでよろしいですね? オズ様」

「……うん。よろしく」

少し間をおいてオズがうなずく。ブレイクはその様子をモニタから見ていたが、やがて諦めたのか首を振った。後悔しませんね、と呟いた声が沈んでいく。

「ギル、立って」

「そんなっ、ひぐっ、もう帰りたいですっ…!」

「そう言わずに。立って私の相手をして下さいヨォ」

「……え……?」

割り込んできたブレイクが『ムラマサブレード』を構え直す。

「ぁ……ブレイク、さん……」

「立ちなさいギルバート君。私もそう気が長いほうじゃないんデス」

「や、やだ……」

「……ふぅん」

無表情でブレイクがギルバートの元へ近づいていく。ギルバートは座り込んだまま後退りしようとしたようだが、それは叶わなかった。
ブレイクの片脚が霞んだかと思うと鈍い音が響き、ギルバートの小さな身体がフィールドの端へ転がっていく。ブレイクが座り込んだギルバートの腹を容赦なく蹴り飛ばしたのだ。

「ギルっ!?」

「な、ぁ……かはっ……!」

「立て。いつまで無力に甘えているんだ?」

寸前でオズが張ってやった『バリア』のおかげで少しはダメージが軽減されたようだが、それでも痛みにうめいて倒れたままのギルバートが気に食わなかったらしく、歩み寄ったブレイクがギルバートの眼前の地面に刃を突き立てる。

「っ、ひ……」

「君がウイルスに出会った時、戦う必要に迫られた時、痛いと、何も出来ないと愚かしく泣けば相手は見逃してくれますか?」

「……う、ぅ」

「可哀想にと手をとって、甘ぁい飴玉でも握らせてくれますか? 違うでしょう」

冷たい声に引き出されたのか突き立てられた刃から紫色の妖気が吹き上がる。

「君は戦うのは嫌だと言った。けれどそれが通用するなら世の中はこれ程乱れていない。平和そうに見える裏でいつもいつも君のような甘ったれの弱者が騙され、搾取され、消えていくのが今の世界だ」

「……っ」

「少なくとも、かつての主はそんな世を審判するために私を作り、送り込みましたヨ?」

「ぅぐッ」

突き立てた剣から手を離し、ブレイクが腰を折ってギルバートの胸倉を掴む。片手で同じ高さまで持ち上げられたギルバートが苦しがって弱々しく抵抗するが、その一切を無視してブレイクは言葉の刃を向けた。

「いいですか、ギルバート君。能力の有無は関係ない。要は意志があるかないかだ。模擬とはいえ戦う意志を持てないのなら君はオズ君に迷惑を掛ける存在にしかなれないだろう」

「げほっ…坊っちゃん…に……?」

「君の中には何がある? 戦う意志もなくせっかくのオペレートも無視し、動けなくなった君を相手はどうするんでしょうネェ」

つ、とブレイクの指先がギルバートの心臓の辺りをなぞる。白い指先は今にも獲物を丸呑みにしてしまいそうな蛇そのものだった。

「……私ならそうですネェ、丸裸にした君からまずオズ君の口座番号でも頂きましょうか。次に住所、行動範囲、購入履歴……ああ、ログからどんなサイトへアクセスしたかを辿って性癖をバラすのも楽しそうだナァ」

嘲笑混じりの言葉の蛇に心臓を掴まれ、ギルバートの顔がさっと青ざめる。
ナビである以上、情報の蓄積は避けられない。持ち主を認識するための顔写真、声紋や指紋、GPSを使っていれば住所、行動範囲に電子マネーなら口座や購入履歴。他にも個人の生活を容易く暴けるだけの情報がナビのメモリには記憶されているのだ。

「ナビにとって自分の身を守ることはすなわち主を守ること。そんな事も理解できずに戦いたくないとわがままを言うのなら───」

嘲笑から一転、薄氷のような表情に変わったブレイクが吐き捨てる。


「ただの害悪だ。さっさとデータを新しいナビに渡して、君など消えてしまえ」

「……!! そんっ……、」


言い返す前にブレイクは勢いをつけてギルバートを地面へ投げ捨てる。
小柄な身体は受け身も取れずに転がり、弱々しく地面に倒れた。

「う、く……っ」

「さて、オズ君とはまあ旧知の仲と言えなくもないですし、役に立たない屑の始末くらいは手伝って差し上げようと思うんですが。いかがでしょう?」

旧知って言っても私生まれてからまだ一年経ってませんけどネー、と軽く言いながらブレイクが抜いた刃を攻撃力のない『ムラマサブレード』から攻撃力の高い『バリアブルソード』に切り替えた。

「ちょっ、ブレイクやり過ぎじゃ…」

「あは、私に任せてくれるんでしょう? 野暮なこと言わないで下さいヨォ」

オズの制止を軽くいなし、新しい剣を確かめるように腕を振り下ろす。刃先からは風切り音が唸りを上げ、シャロンがコマンドを入力したのか剣の形がぐにゃりと曲がった。
歪んで光る刃に照らし出されたアステロイドの表情は、審判する者にふさわしく感情の読めない濁った笑顔だった。


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