黒猫と革紐。 | ナノ



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(あれ以来欠片も記憶は戻ってないし……力も姿も戻る気配はないし……)

はあ、と大きくため息を吐き出す。

「坊っちゃん? どうしたんですか?」

「あー、何でもない……」

一応、自分が何も見落としていなければこの小さなギルバートはあの満身創痍だったギルバートのはずなのだ。
あれからこの小さなギルバートを質問攻めにし、更に全身にスキャンをかけたりして徹底的に調べたのだが、共通点は十年分ほど幼くなった見た目以外に何一つ見つからなかった。
『PH社製一般家庭用インターネットナビゲーションシステム、GN式24型』という、ありふれたメーカーの型番を名乗った小さなギルバートの中では、自分はオズが新しくダウンロードした家庭用ネットナビであり、軍用ナビのように攻撃に特化していたあのギルバートとは反対にスケジュール管理やネットサーフィンのような平和な事に特化しているごく普通のナビになっていたのだった。

(別に、今のギルが気に入らないって訳じゃないんだけど)

気に入らない訳ではないが、あの目が覚めるような青い炎が見られなくなるのは少し寂しかった。
結局、オズはギルバートの常の姿を知らないでこの小さなギルバートと過ごすようになってしまったのだ。
ギルバートをそのまま幼くした外観は精々オズと同い年か一つ二つ下くらい。裾がふんわりと広がった従者服は中世じみたデザインだったが、ドラマなどにありがちなモデルと合っていないちぐはぐさは感じられなかった。

「え、えーっと……ボク、何かしました?」

「ん? ああ、たまにはファッションチップ使ってみてもいいかなって思って」

「ええ!? い、いいですよボクこの格好気に入ってるんですから!」


焦った様子でギルバートが手をパタパタと振る。

(……そういえば腕、戻ってるんだよな)

まじまじと小さなギルバートを見ると失っていた左腕は綺麗に戻っており、どこにも異常はない。
まさかあの自己修復プログラムとは粘土人形のようにギルバートの身体の残った部分から足りないところを補って、失った質量の分だけ元の身体を小さくしてしまうものだったのか、とオズが少々ホラーな蛹の解剖のような想像をしていると、こちらの冗談を全力で拒否していたギルバートからリリンと鈴の音がした。

「あ、そろそろ時間ですよ」

「もうそんな時間か」

PETの中のギルバートがウィンドウを引き出す。そこには、短くこれからの予定が書いてあった。

「えーっと、三十分後にオフィシャル本部ですね。地図出しましょうか?」

「大丈夫。電子マネーの確認だけしてくれる?」

「はい、今の残額は五千と二百十円です……って、朝よりへってる!? 坊っちゃん、またボクにだまってお菓子買い食いしたでしょう!」

「あ、バレた? いやあ、ギルに資料検索してもらってる間にちょっとな」

「あれだけ買い食いはダメだって言ったじゃないですか〜!」

朝のようにまたぷりぷりと怒るギルバートはやはりあのギルバートとは別人で、オズは可愛らしく思いながらも少々複雑な気分で立ち上がった。
今日はオズにしては珍しく放課後の予定を入れているのだ。

「オフィシャルにお友達がいるなんて、ボク初めて知りました。大人の方なんですか?」

オフィシャルの本部に向かう道すがらギルバートが問いかけてくる。インターネット全体を取り締まり、時には荒っぽい犯罪者の検挙まで行う警察組織のオフィシャルにまだ子供のオズの知り合いがいるのは不思議なのだろう。質問に首を振ると、ギルバートは乗っていたオズの肩で驚きの声を上げた。

「も、もしかして坊っちゃんと同い年…?」

「残念、年下!」

「ええ!?」

「後は会ってからのお楽しみな」

「あれ、もしかしてボクもお会いできるんですか?」

そうだよ、と曖昧に濁してオズが答えるとギルバートは嬉しそうに顔を輝かせる。

(ホントのこと言ったら絶対帰るっていうしな)

微妙に視線をそらして乾いた笑みを浮かべたオズには気付かないようで、肩の上のギルバートは嬉しそうに頬を染めながらそこの角を曲がって下さいねとナビゲーションしていた。



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