黒猫と革紐。 | ナノ



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『───了解。いくぞ、ギルバート!』

『ああ!』

回避ばかりだったギルバートが勢い良く地面を蹴り、銃で弾幕を張りながら一気に距離を詰める。オズが召喚していく設置系のバトルチップやパネルの力を借りて処刑人の攻撃をかいくぐり、そしてその脇を抜けた。
そこには、処刑人を制御しているために動きが鈍っている様子のヴィンセントが立っている。


『ヴィンセント!』

『っ、ギルバート……!』

『聞いてくれ! オレは、マスターの真意を知りたい。このまま消えていくべきなのか、存在していてもいいのか……あの人の口から直に。だから───今、お前とあそこに戻る訳には行かないんだ!!』


ダンッ!! とギルバートが地面を踏みつけるとその場所を中心に地面が青く光り、数十分前にオズが見た大鴉の姿の電脳獣が顕現した。
青い電子の炎が真っ黒な翼に灯り、開いた嘴から炎に彩られた攻撃的な叫びが上がる。

『「レイヴン」か……そんなボロボロの身体で使えるわけ…』

『そのためにオレがいるんだよっ!』

オズが攻撃の指示を出す。高く鳴いた大鴉はそれに応え、いくつもの火羽根を乱射した。
乱射された羽根が地面を容赦なく燃やし、また貫いて穴を開けていく。

『げっ……』

『おいオズ、これ以上地面を破壊してどうする!』

『そんなこと言われてもこいつ、いくらなんでもピーキー過ぎるだろ!』

慌てて指示の修正をし、なんとか想定した威力に抑えさせたが、ヴィンセントは火羽根を回避して処刑人を手元へ呼び戻していた。

『所詮は付け焼き刃……何の経験もない奴が制御出来るはずないよ……』

『経験値は今積んでるんだから黙ってろ!』

オペレートの対象をギルバートから完全に大鴉へ移し、火羽根を使ってヴィンセントを追い込んでいく。攻撃自体は一向に当たらないものの、それでも火羽根の効果で燃え続ける地面に追われてヴィンセントと処刑人はギルバートを攻撃圏内から外さざるを得なくなっていた。

『ちっ……』

舌打ちをしてヴィンセントが腕をコンバートする。射程の長い銃に変えるつもりらしく、大きな銃身が現れていく。
だが、

『ギルバート!「ジェラシー」!』

『ああ!』

攻撃圏内から外れたギルバートが右腕を水平に振り、その延長線上にヴィンセントを捉えると現れていた銃が即座に解除され、ただの腕に戻っていた。
「ジェラシー」のバトルチップの効果でヴィンセントが使用しているチップを破壊したのだ。

(これでだいぶ時間は稼げたけど…どうだ!?)

大鴉への指示を一旦止め、ちらりとギルバートを見ると彼はこくりと頷いた。

『オズ、もう大丈夫だ』

『ギル、一体何を……』

『お前も、こいつの能力くらい聞いているだろう…?』

ギルバートが手を掲げると、ふわりと周囲に黒い羽根が舞い上がる。大鴉の電脳獣は、オズのオペレートとは別のルートでギルバートが与えた指示を実行していたのだ。
ギルバートがオズに告げた、「レイヴンが持つエリア転移の力を使う」作戦のための準備を。

『そんな身体で転移出来るわけない! 死ぬ気なの!?』

『あいにく……成功率の低い賭け、には……乗らないことにしてる』

ギルバートが計算していた転移予定地点の座標データを頭上に舞い戻っていた大鴉に転送した。転移に必要な情報が揃ったらしく、大きく翼を広げた大鴉が高く鳴いてギルバートの周囲に結界のようなフィールドを創り出した。
舞っていた羽根に次々と青い火が灯り、空間を灼いて真っ黒な穴が開いていく。そこへ吸い込まれるようにギルバートの身体が浮かんだ。


『……また、な。ヴィンス……』

『っ! ……何で…何でだよ…!!』


追うことを諦めたのか膝から崩れ落ちるヴィンセントの姿を最後に、PETに映る映像はウラインターネットからありふれたインターネットシティの一角へと移り変わっていった。




『何とかなった、みたいだなー……』

『ああ……』

がしゃんと座っていた椅子の背もたれを倒し、オズは一気に気が抜けた様子で手の中のPETを眺めた。
あれから無事にエリア転移に成功してプラグアウトし、PETの中にはギルバートが座り込んでいる。散らかったバトルチップを隅に寄せ、PETをモニタにつないだオズは映し出されたギルバートに話しかける。

『聞きたいことはいっぱいあるけど……まずは、その身体だな。大丈夫? フルエネルギーとか使えるの?』

『普段ならそれで回復するが……まずは一度、自己修復プログラムを起動させないと……』

『それ、その左腕もちゃんと治る?』

オズが問うと、ギルバートはゆるく首を振った。

『多分、無理だ。これはオレの意志で落としたから。でもこれ以上の崩壊を止めることはできる』

『そっか……ま、後で一度ちゃんとした所で診てもらおう。協力してくれそうな伝手はいくつかあるから、もしかしたら戻せるかも』

ギルバートが出す指示に従って自己修復用のプログラムを起動させていき、オズは心当たりを思い浮かべながらふうと息を吐いた。
あまりに色々なことがあったせいか心ごと頭が呆けているようだ。けれど、今ここにギルバートが居るという事実だけはオズに安堵をもたらしていた。
他に出来そうなリカバリーの手段を相談して問題なさそうなものから試していると、ギルバートが申し訳なさそうにこちらを見てきた。

『すまなかった。オレが近くにいたばっかりに巻き込んで、お前のナビを失わせてしまった』

『別に平気だよ。ちゃんとバックアップあるし、何よりギルが無事に逃げられたしな』

『……ギル、か』

『ごめん、馴れ馴れしかった? あいつ……えっと、ヴィンセントがそう呼んでたから』

『いや、いい……』

リカバリー中で少し眠たそうに見えるギルバートが首を振る。きちんと修復が始まっている様子に安心しながら、オズは一つだけ聞きたかったことを尋ねた。

『一つだけいい?』

『何だ…?』

『ギルとあのヴィンセントってさ、何ていうか……すごく、人間らしいっていうのかな。そんな感じがしたんだけど……やっぱり、ただの自立型じゃないのか?』

嘆いて、歪んで、そして立ち直ってと彼らの見せた表情はどれも人間そのものだった。二人は決して「綺麗」だけではないどろどろとした人間らしい色を持っている。それだけに、オズはずっと気になっていた。
自分で判断して行動する自立型ナビとはいえ、ここまで人間に近くなるものなのだろうか。

(似たようなのは知り合いにいるけど……あれは厳密にはナビじゃないっぽいし)

今にも眠ってしまいそうに首を傾けているギルバートはオズの問いに少し考え込むと、手を心臓の辺りに当てた。


『……この身体について、詳しいことはマスターしか分からない……けれど、オレは……オレとヴィンスは……』

『二人は?』

『プログラムの根幹に……人のDNAデータを組み込んでいる、らしい。マスターの知り合いの、もう居なくなってしまった兄弟の……だからかもな』

『……人間、の?』

『ああ……』


予想しなかった答えにオズが息を飲む。
人の思考パターンを模倣するプログラムや超高度AIを組まれているなどといった、そういった答えを期待していただけにギルバートの答えは衝撃的だった。
だが、更にオズが質問しようとするとギルバートは眠気が限界に達したように目を閉じてしまった。うわ言のように小さな声が聞こえてくる。

『ん…わる、い……今は……もう……』

『あ、ああ、ごめん。残りはまた今度聞くよ』

『それなんだが……オレは…しばら、く……』

『へ?』

『……すまない……もうひとり、の……を……たのむ……』

かくん、と頭が下がり、意味のわからない言葉を最後にギルバートはモニタの中で完全に眠ってしまっていた。そして、その身体が手足の方からゆっくりと細かなデータの断片へ変化していく。

『え? ……え!? 嘘だろ、おい、ギル!?』

『………、』

代わりに現れたものは黒い羽根に包まれた繭の様な物体で、それからギルバートは夜が明けるまで呼びかけようが何をしようが、一切の応答を返さなくなってしまった。

そして、朝。



『おはようございますっ! オズ坊っちゃん!』



───爽やかに朝の挨拶を響かせたPETの中には、ギルバートそっくりの金の眼をした小さなナビが何も知らない笑顔でちょこんと立っていた。



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