黒猫と革紐。 | ナノ



V


(上手くいけよ…!)

瞬時にチップデータから「ロングブレード」が形成され、不意打ちの形でオズのナビがヴィンセントへ斬りかかる。青いブレードが勢い良く振り下ろされ、切っ先が作る弧の中にヴィンセントを捉えた。

『………、邪魔しないでよ』

苛ついた様子でヴィンセントが精確に奇襲をかけたナビへ銃を向ける。ナビがコンバートしていたブレードの刃が触れる寸前で、弾丸がボディを貫いた。

(……!)

オズのナビががしゃんとヴィンセントの足下へ落下する。「ロングブレード」が解除され、はらはらとデータの断片に分解されて散っていく。
その様を見て、ギルバートが悲鳴に近い声を上げた。

『ヴィンス、もう止めろ! こいつは関係ない!』

『じゃあ大人しく回収されてくれるかい? ねえギル、残念だけどあんまりゆっくりしていられないんだ。いくらここがウラインターネットでもね……』

分かってくれるでしょう、と明らかに刺々しさを含んだ口調でヴィンセントが言う。
───少しの間を開けて、うつむいたギルバートが構えを解いた。

『……こいつを追わないでくれるなら……もう、抵抗しない』

『そう。いい子は好きだよ…?』


ヴィンセントが力なく頷いたギルバートへ銃を向けた。
おそらく、完全に動けなくしてから連れて行くつもりなのだろう。
足元に転がる量産型ナビになど目もくれず、そのまま照準をまっすぐに合わせて───

(今だ!)


『がっ…!?』

弾丸が発射される寸前で、ヴィンセントのボディが一気に炎に飲まれた。
ヴィンセントが捨て置いたためにまだデリートされていなかったオズのナビが、転送されたチップデータを使用したのだ。
「サラマンダー」のバトルチップが作り出した明々と燃え上がる炎の蛇が幾重にもヴィンセントの身体に巻き付き、足にしがみついたオズのナビごと勢い良く燃えていく。

『く……離せ…ッ! しつこいんだよ…!』


(これでも効果が薄いのか…!? ナビの体力は……)

おそらく、保って十秒。十五秒保てば大したものだろう。
その僅かな時間に賭け、オズはPETに映し出されるギルバートの姿に向かって呼びかけた。


『ギルバート!』

『お前…どうして、そこまで……』

『さっきの質問に答えろ! 重荷がなければあいつから逃げられるか!?』

『な……』

『オレはお前の重荷にはならない! 「絶対」にだ! 約束する、だから…!』


───諦めないでくれ。

言い切った瞬間、氷が溶けるようにギルバートの表情が変わっていった。


『お前……名前は何て言うんだ』

『オズ。オズ=ベザリウスだよ』

『……そう、か』


ギルバートの身体が淡く光る。それは崩壊の青い光とは違う、冬の夜気のように澄みきった星の光だった。
それからほとんど間を置かず、オズのナビが限界を超えてデリートされていく警告音が鳴り響く。
その音に掻き消されないよう、ギルバートがこちらに向かって叫んだ。


『オズ。お前が諦めるなと言うなら、その言葉を信じよう。……だから、そのための力を貸して欲しい。お前の力を』


オズが持っていたPETがカッと光り、立体ホログラムの画面に新しく小さなウィンドウが現れた。
そこには、消えていくオズの量産型ナビの持つ全ての権限をギルバートへ移行する許可を求める文面が記されていた。

『それを許可してくれ! そうすれば、オレはお前からのオペレートを受け入れられる!』

言われるまでもなくオズの指が動く。触れると、認証音が拍子抜けしてしまいそうなほど軽くぽんと響いた。
瞬間、一気にPETへ情報が書き込まれ、立体ホログラムの画面いっぱいにギルバートの情報が広がった。現れた基礎データの数値は、ただ一つを覗いてどれも量産型ナビとは一線を画したものだった。
唯一低い現存HPの項目がチカチカと赤く明滅している。

(残り十パーセントを切ってる…! よくこんな状態で……)


『オズ!』

『っ!』

ギルバートの呼びかけで意識が引き戻される。ギルバートの目の前には、量産型ナビが消えたために足枷になっていた「サラマンダー」が解除され、自由になったヴィンセントの姿があった。


『ギ、ル……どういうつもり…?』

『……考え方を変えた、だけだ』

『考え方…? 決められた思考プログラムしか持たないネットナビの君が…? 笑えないよ……!』


ヴィンセントは崩れるように膝をついたあと、ガン!! と勢い良く地面へ腕を叩きつけた。

『「ディミオス」ッ!! 来い!!』

───ゆらゆらと地面から電子の炎が上がり、それを縫い止めるように顕現した巨大な鎌が地を割るように振り下ろされる。
どこかギルバートの連れていた電脳獣に似たその姿は、骨で作られた処刑人そのものだった。


『なに、あれ……あのカラスの親戚?』

『説明してる暇はない。回避する、から……オペレートしてくれ。直接繋いでいる今ならチップが送れるはずだ……オレのチェインをぶつけたいが、こんな状態じゃそうもいかない』

『チェイン…? っと!』

ギルバートが飛び退り、立っていた場所へ裂創が刻まれる。先回りしてオズが「スイコミ」を転送し、吸い寄せられる形でギルバートが距離をとった。
処刑人の影から現れたヴィンセントが憎悪の眼差しでギルバートとその向こうにいるオズを睨みつける。

『逃さない……そこの人間、お前もだ…! ただの一般人のくせに、ギルに妙な考えを吹き込んで……!』

『違う! 決めたのはオレ自身だ! 誰の強制でもない!』

『その思考自体がおかしいんだよ…! 僕らはナビだ! 自立型とはいえ、命令に逆らうなんて……どうしちゃったんだよ、兄さん……』

『……ヴィンス、オレは……っ』

『うるさいッ! やれ「ディミオス」ッ!』


叫びに呼応するように高く笑い声を響かせた処刑人が次々と地面を切り裂いていく。割れた地面からは形になり損ねたデータとバグが水のように溢れ出し、逃げ場をなくしていった。


『ふふ、帰ったら、レヴィ達に診てもらおう…? 今の君はおかしい、おかしいんだ……その考えをデリートして、いつものギルバートに戻してあげるから……そうすればきっと……』


(何だよ、こいつ……っ)

ぞくりとオズの背を悪寒が駆け上る。
ネットナビらしくないとギルバートを否定した割に、ヴィンセント自身の思考はそれ以上に歪んでいるとしか思えなかった。まるで人間のように変化を受け入れたギルバートと固執して歪んでいくヴィンセント。二人は、どちらもオズが知るネットナビの誰よりも人間らしさを持っていた。

だが、今はそんな分析よりもこの局面をどうするかだ。
おそらく、今のギルバートではヴィンセントに勝てない。体力がほとんどない上に、権限の移行が完全に終わっていないせいでリカバリーなどの直接作用するタイプのバトルチップを受け付けないのだ。下手に攻撃系チップを使って攻め入っても反撃を加えられればそれで終わってしまう。
となると後は何らかの目くらましをかけて逃げる方法しか残されていないが、

(目の前でプラグアウトなんかしたら痕跡が残る……どうしても一度エリアを移動しないと……!)

まさか、他のエリアまでギルバートを走らせて延々と追いかけっこをするわけにはいかない。おそらくヴィンセントはどこまでも追ってくるだろうし、まず体力が保たない。
ギルバートの回避のサポートをしつつ、オズは何度も方法を考えては止めてを繰り返していた。
そんな中、ギルバートがそっと話しかける。

『オズ』

『……なに?』

『このままじゃ、遅かれ早かれ……逃げられなくなる。だから、あいつに……ヴィンスにオレのチェインをぶつける』

『チェインって、あのカラスの電脳獣? でもお前、さっき出来ないって……』

『確かにオレの今の状態じゃ制御出来ない。だから、お前に…それをやって欲しい。……頼む』

こちらを見上げるギルバートの真っ直ぐな視線を、オズは正面から受け止めた。

『……分かった。こうなったら何でもやってやるよ。意地でもあいつから逃げてやる』

『オレが発動させれば、チェインもお前からのオペレートを受付けるはずだ。後は───』

ぼそ、とギルバートがオズに耳打ちする。
その内容を聞いた瞬間に、オズは一気に希望が広がっていくのを感じた。



 [←前へ]  [次へ→] 
[戻る]


BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -