黒猫と革紐。 | ナノ



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淡い金の髪に紺の長い服。片目はギルバートと同じ金の瞳をしていたが、もう片方は赤いカラーのオッドアイだ。そのナビは腕の銃をギルバートの胸部に向けながら尋ねてくる。

『レヴィが怒ってたよ…? 君が逃げ出した、って……どうしてこんな事したの……?』

『逃げ出した……? オレはきちんとマスターから許可を頂いたんだ! お前の方、こそ……何故こんな事を…!』

『許可……?』

不思議そうにオッドアイのナビは首を傾げる。

(仲間、みたいだけど……ギルバートが逃げ出した事になってる……?)

ピピッ、とオズのPETが警告音を立てる。オズが立体モニタから警告文を引き出すと、そこには現在位置の周辺に急激に増えていくウイルスの様子が赤い点で表されていた。

『なっ…! ギルバート、 囲まれてる!』

『何…?』

いくらウラインターネット内とはいえ、人為的に召喚されたとしか思えない数のウイルスがぐるりとギルバートとオッドアイのナビを囲んでいた。
動揺しているギルバートとは反対に落ち着き払った様子のオッドアイのナビがコンバートしていた銃を戻し、語りかけた。

『はあ……妙な事になってるみたいだけど、まとめて審問するから大人しくバスカヴィルに戻ってくれないかな、ギル。そうしたらこれ以上の損傷はさせない……僕だってギルに無理やりこんな事したくないから』

『待て、状況を説明しろ! ヴィンセント、マスターは一体……』

『あいつは解任されたよ…?』

淡々とした言葉に、ギルバートの表情が凍りついた。

『うそ、だ……』

『嘘じゃないよ。あいつは発案者だったくせにプロジェクトを解体しようとしてたから……君のマスターはレヴィが引き継ぐ。大丈夫、君の最後の黒翼さえ移行できればメモリはデリートしないって、彼は……』

ヴィンセントと呼ばれたオッドアイのナビが最後まで言わない内に、オズはギルバートが右手の銃を構えたのを見た。

『ギル……?』

『オレのマスターは……あの人だけだ。そんな話をそのまま信じられるか…! 第一、お前達の方がマスターから……離反して、勝手に動いている可能性だって否定できない!』

『……そう。残念だな……』

それは、部外者のオズから見ても無理やり造り上げた理屈だった。だがギルバートは構えた銃を降ろさずにヴィンセントに向け、睨み付けている。
ヴィンセントの方はというと抵抗の意思を示したギルバートを見限ったらしく、手を上げて周囲に展開しているウイルスに命令を叩き込んだ。

『回収して。メインメモリ以外のデータ損傷は許可するから』

『っ……!』

『まずい、逃げろ!』

回線を通してオズが叫んだ時には、既に散開したウイルスが電磁の網をギルバートに向かって吐き出した所だった。
ギルバートはすぐに飛び退り、銃で応戦していたがこれ以上逃げ場がないと判断して上へチップデータの「クラウド」を呼び出す。そしてそこへ向かって跳躍したが、左腕を失った事でバランスが狂ったのか「クラウド」に伸ばした手が届かずに落下していった。

『しまっ……』

『ギルバート!?』

『ッが!』

バチン! と電磁の網が絡みつき、電撃を受けたギルバートの身体が痙攣し硬直する。硬直自体はすぐさま解除されたが、間を開けず襲ってきた攻撃が直撃し、そのまま大きく吹き飛ばされた。画面の隅、退屈そうに様子を眺めていたヴィンセントがふっと口元をほころばせたのが見える。

『随分調子悪そうだね……僕じゃ兄さんに勝てなさそうだからこんなにウイルスを連れてきたのに、無駄だったのかなあ…?』

よろよろと立ち上がるギルバートをなぶるようにヴィンセントの放った光弾が炸裂する。ギリギリの所でギルバートが張ったバリアが着弾を防いでいたが、動きの鈍った獲物で遊ぶその様子は質の悪い猫のようだった。

『可哀想なギル……本当ならわざわざ防がなくても当たるはずないのに。それが出来ないのは一生懸命その回線を隠してるからかな…?』


(え……!?)

ヴィンセントの言葉にギルバートの表情が変わる。ヴィンセントの端正な顔立ちが残忍な笑みに歪められ、指がすっとギルバートの背後を指した。
モニタ越しにオズの目とヴィンセントの冷たい目が合う。

『存在自体が機密の僕らだ……バレたら隠蔽のためにその相手は消されちゃうよねえ。動きがやけに鈍いのは慣れない作業に力を割いているからでしょう……?』

『はっ、何を言っている? お前こそらしくないじゃないか……勝てるというなら、ウイルスなんかに……任せずに、お前自身がかかってくればいいだろう……』

『苦し紛れ……可愛いなあ』


(回線って……オレを、かばって…!?)

モニタとPETに状況を映している以上、オズが繋いでいる回線から居場所を割り出すことくらい相手には造作もないのだろう。それをさせないためにギルバートはオズからのアクセスをリアルタイムで改竄し、隠していたのだ。

(なら、早く回線を切らないと…!!)

モニタからコードを引き抜き、PETとの繋がりを断つ。次に本体であるPETからウラインターネットへのアクセスを遮断しようとして、

(……待てよ)

ふと、オズは気付いた。
このまま回線を切ってしまえば、ギルバートはもうオズをかばいながら戦わなくていい。怪我をしているとはいえ、ヴィンセントが言った通りならギルバートはかなりの実力を持っているのだろう。
だが、回線を切るということはこちらからもう相手の状況が何一つ分からなくなってしまうという事だ。
たとえギルバートが勝利して逃げ切っても、敗北して回収されてもオズには分からない。

───それは、ギルバートを見捨てることと同じなのではないか?


『……ギルバート、正直に答えて』

プラグアウトしようとしていた手を止め、オズは問いかけた。

『………、なんだ』

『重荷がなくなれば、あいつに、絶対に勝てる? 捕まらないでいられるのか?』

『何を聞くかと……思えば。自分の心配をしろ。……でも、』

ふっと緩んだ口元は、散っていく青い電子の中でとても儚げに見えた。


『「絶対」なんて、どこにもないんだろう。たとえ、0と1しかないこの世界でも』

『……っ』


場違いなほどやわらかく笑って告げられた言葉は、行動を決めあぐねていたオズの背を押すのに十分だった。
弾かれたように立ち上がって机に広げていたモニタや雑多なコードをまとめて端に寄せ、奥に置いてあったアルバムほどの大きさのケースを乱暴に引き寄せる。
開かれたケースには、種類別に分けられたバトルチップが大量に収められていた。

(こんな場所で……見捨てられるか!)

スリープ状態だった自分の量産型ナビにあらかじめバトルチップを持たせ、もう一度電脳世界へと送り込む。アドレスは今PETに映し出しているウラインターネット。


『話し相手は誰だか知らないけど、そろそろ終わりにしてもらっていいかな……?』

退屈そうな表情のヴィンセントがトントンと地面を踏み鳴らす。ギルバートまでの距離はほんの僅か。ソード一本あれば十分に届く距離だ。

(量産ナビじゃ基本性能からして勝ち目がない。でも…!)


『!? 何してる! 早く回線を……』

切れ、とこちらの意志に気付いたギルバートが顔を上げて叫ぶが、もう遅い。送り込んだオズの量産型ナビが、チップデータを抱えて少し上の座標へと現れていた。



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