黒猫と革紐。 | ナノ



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すまなそうに眉を下げて、黒い足を支えに座り込んでいるギルバートが肩を竦める。


「すまん、立ち聞くつもりは…」

「………、どの辺りから居たんだよ」

「大丈夫、だと言っていた辺りから……す、すぐに出ようとしたんだがお前が……その、」

えっと、と口ごもる青年。
それを隣で見ていた友人が、やれやれといった顔で続きを引き取った。

「オズ君が『ギルバートを信じる』なーんてカッコ良く言っちゃうから、恥ずかしくて出られなくなったんですよネー」

「う、うるさい! 余計な事を言うなブレイク!」

「おやおや、君が言い辛そうだったから手伝ってあげたのに酷いナァ」


見た目の傷とは裏腹に意外と元気そうに口論する二人。
それを呆気に取られて見ていると、二人の前にすうっと影が伸びる。その先にはまだ華奢と言えそうな足が繋がっており、さらに先には何故か不機嫌そうに眉を寄せたオズの顔があった。
見上げる二人につられてレイムも少年を見ると、彼はタンと片足を床に打ち付けて不機嫌の見本のような声色で言う。


「二人共、何かオレ達に言うことは無いの?」

「「………、」」


オレ達、という言葉に自分も含まれているのに気付いて、レイムは慌てて二人に向き直った。
ギルバートはしばらくブレイクと顔を見合わせてから、何とも頼りない声で言う。

「えっと……傍を離れてすまなかった?」

「違う」

あっさり一蹴され、一気にギルバートの顔が捨てられそうな仔犬のようになっていく。
見かねたのか、オズはため息混じりに従者へヒントを出した。

「もっと、別にあるだろ。帰ってきたんだから」

「…?」

それでも答えが見つからないらしく、ますますギルバートの表情が沈んでいく。少年はこれ以上ヒントを出すつもりはないらしく、従者を見下ろす目は半分呆れが混じっていた。
少し間を置いて、気付いたらしい白髪の友人が青年の耳に一言小さく囁く。

「…え?」

助言が信用できなかったらしく、聞き返したギルバートはもう一度ブレイクの元に耳を寄せ、それでも同じ言葉を言われたのか腑に落ちない様子でブレイクの顔を見た。しかしブレイクの方は早く言えといわんばかりにオズの方を示し、ギルバートは渋々それに従って口を開く。


「…その……」

「何?」

「………、た、ただいま…?」

「………、」


一瞬の静寂。
ふうと大きく息を吐く音がして、少年の手がゆっくりと動いた。
反射的に身を竦め、目を閉じたギルバートの俯いた頭にぽすっと手が置かれる。

おそるおそるギルバートが顔を上げると、少年は先程までの表情がまるで嘘のようにくしゃくしゃに顔を綻ばせて笑っていた。


「おかえり、ギルバート」

「オズ……」

「……〜ったく、心配したんだからな!! もうオレの許可なしに居なくなるなよ?!」

「わ、分かった、分かったから止めろ!」

堰を切ったように抱き付いてきた主人にわしゃわしゃと黒髪を乱暴に撫で回されているギルバートの背後で、重荷が降りたとばかりに苦笑したブレイクが奇妙な擬音を口にして床に手足を投げ出した。
オズの隣で事の次第を見守っていたレイムも傍らの主従にほっと胸を撫で下ろしつつ、床に寝転んだ友人の元へ歩み寄る。

「……傷だらけだな」

「ええまあ、今回は大人しくベッドに甘んじますヨ。ギルバート君もオズ君の前だから無理してますがいい加減限界でしょう」

「それはお前もだろう? ほら、掴まれ。今人を呼ぶから」

眼鏡の位置を直し、投げ出された手を取ったレイムは力を込めて友人の身体を引き上げる。
ボロボロの片足は動かせないらしく引かれたままに起き上がったブレイクをベッド端に寄り掛からせて、レイムは医者も手配するからと呆れながら告げて背を向けた。
すると、思い出したように名を呼ばれる。

「あ、レイムさん」

「? ……何だ」

振り返ると、悪戯っぽい目を向けた友人はにいと口元を歪ませていた。


「ただいま」


───は?と間の抜けた反応をしたレイムに対してブレイクはくつくつと肩を揺らして笑い、それから早く行けと言わんばかりに手を振って彼を送り出す。

転がった拍子に零れたらしい大量の銀釦が窓からの夕日をいくつも反射して、そんな友人の輪郭を彩っていた。



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