黒猫と革紐。 | ナノ



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『……で、僕達の学校はもう編入手続き済んだから、明日学生証の写真を撮るって…』

『………、』


公園への道すがら、真ん中にエリオットを挟んだ状態でヴィンセントが父から聞いていたらしいこれからの予定をギルバートに伝える。彼が父に呼ばれていたのはこの事だったらしく、大きな道路の歩道を三人で進みながらヴィンセントは制服や休暇中にやっておくべき事などをつらつらと挙げていった。

一方でなんとなくヴィンセントにギルバートを取られた気分になり、少しふくれたエリオットは二人の真ん中をギルバートと手をつなぐ形で歩いていた。


『うん、学校が始まるのはエリオットと一緒だよ。近い…というか同じ敷地内だから家を出る時間も一緒かな』

『ヴィンセントたちもオレといっしょに学校いくのか?』

『そうだよ……僕らは学校の道分からないから、明日にでも義父さんに案内してもらうかな。撮りに行くって言ってたから多分休みみたいだし……』

『なら、オレが今あんないする!』

『え?』


こっちだこっち、と足早に兄二人の手を引いて、急に話に割り込んだエリオットは公園への曲がり角を逆に曲がった。
自分が通い、二人も通うことになる学校は私立の幼稚園から付属大学までが揃う大きな学院で、当然付属小学校に通う自分なら登下校路も案内できる。
公園からすぐの場所であるし、迷うはずもない。何よりやっと会話に入れた事が嬉しくて自然と足が早まった。

制止をかけるヴィンセントに構わずに金色の小さな姿はくるりと角を曲がって、


『───、え?』

『エリオットっ…!!』


そこに、ちょうどこちらに曲がっていた車のボンネットがブレて見えた。

下には一時停止の白ライン。スピードから考えて、一時停止を怠った車だった。


『あ……?!』

猛然と迫る大きな車に足がすくんで動けなかった。
運転席には驚いた表情の男。ブレーキを踏み込んでいるらしいが、ギリギリで間に合わない。ひっ、と引きつった音だけが喉から漏れる。
フロントガラスの奥の運転手も似たような表情で、襲い来るであろう鈍い衝撃に目を閉じていた。

妙にゆっくりと周りの風景は自分に向けて狭まり、そして、



『ッ……!!』

キィッ、とブレーキが作動する音。その前に、ぐいと誰かが強い力で自分を引き寄せて抱き締めた。

『いた……っ』

どす、と自分を抱えた人物ごと尻餅をつく。
涙目で見上げた先に居たのは、黒い髪の兄だった。


『ギ…ル……?』


足先から五センチのタイヤ。道を塞ぐように斜めになった車。
そして、上がった兄の呼吸。
次の瞬間、少し擦れた聞き慣れない声が強く鼓膜を叩いた。



『……て…、どうして、前を見ないの!? ボクが間に合わなかったら……エリオットは死んでたんだよ!?』

『…ギルバート…?』


まだ小さな少年のハイトーンが交ざる、自分を叱る大きな声。
首にかけたノートが目の前でふらふらと揺れていた。

『兄さん、声……』

『……!』

茫然と立っていたヴィンセントが気付き、それからはっとしたように黒髪の少年が自身の喉に手を当てる。

『あ……』

意志に従い、音は声となって空気を震わせた。


『ヴィン、ス…エリオット……』

『兄さん!』

へなへなと自分を抱えたままの身体が脱力していく。
ぱったりとアスファルトに身体を寝かせた兄はしばらく黙ると、続いて場違いなほど明るく笑いだした。


『…はは、あははははっ……』

『ぎる、ばーと?』

夢ではないと確かめるように、抱かれているこちらにも振動が伝わるほど声を立てる。その金色の瞳が潤んでいるのに気が付いたのは、笑っていた彼が声を立てるのを止めてぎゅうと腕の力を強めた時だった。


『よかった……エリオットが無事で良かったよ…』


目撃者が居たのか、救急車とパトカーの合わないサイレンが遠くから響いてくる。
その音を聞いてから、兄はかなり気を張っていたのか腕を放さないまま意識を失ってしまった。

その後、父が経営する病院が近かった所為か車はそこへ向かい、知らせが入ったらしく病院で出迎えてくれたのは憤怒の形相の父だった。
事情を話すと大事を取って一日検査入院することになったギルバートを除く二名が確認を怠った件と止めきれなかった件でこってり絞られ、特にエリオットは勝手な行動の罰として五日間の外出禁止と自動車教習所並みの一般道路マナードリル一週間を申し渡されることになった。

その時父は一言、


『もう自動車で身内を亡くさせるな』

と言ってギルバートの病室に戻っていったのをよく覚えている。
後で調べたところ、父の知り合いの開業医夫妻───ギルバートとヴィンセントの両親は自分の家の遠縁であった事が分かり、今思い返してもあの事件は父にかなり心配をかけてしまったようだった。
幸運にも擦り傷だけで済んだギルバートが家に戻ってからは少しだけ使われたオレンジと水色の二冊のノートはお役御免としまい込まれ、そしていつのまにかノートの存在自体がおぼろげになっていた。

───今日この日、棚の整理で見つけるまでは。


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