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 愛別離苦

狂おしいほどの愛とは、この気持ちを言うんだろう。


「ピッコロさん」

「なんだ、悟飯」


蚊の泣くような声で呼びかけ、後ろからピッコロさんの肩へと顔を埋める。マントに隠れていた緑色の肌が露呈し、僕とピッコロさんの間にある人種という壁を大いに主張した。しかしそれでも気にせずピッコロさんの肩を堪能する。


「おい、悟飯?」

「ピッコロさん、好きですよ」

「あぁ」

「愛してますよ」

「…あぁ」


何度も僕のことを守ろうとして傷ついた腕へ撫でるように触れると、その上からピッコロさんの手が重ねられた。キスをしようと後ろから乗り上げるとピッコロさんもそれを察したようで、キスのしやすいように首を捻ってくれた。確かめるように一度触れるだけのキスをしてから、すぐにピッコロさんの口内へ深く侵入する二度目のキスに移った。
躊躇いながらも舌を差し出してきたピッコロさんに驚きで目を細めながらも素直に己の舌を絡める。いつもより積極的なピッコロさんを苛めたくなり、そっと唇を離す。最後まで名残惜しそうに絡み合っていた舌から糸が引き、ひどく官能的だった。


「っ…短い、な」

「物足りないですか?」

「ふん」


にこっと笑いながら意地の悪いように問うと、照れ隠しからかピッコロさんは鼻を鳴らして顔を逸らした。素直ではない師匠に愛しさがこみ上げてきて、後ろから強く抱き締める。


「どこにも行かないで」

「わかった」

「僕以外を見ちゃだめ」

「わかった」

「僕のそばにずっといて」

「わかった」


淡々と投げかける僕の哀願とも呼べる懇願に素直に頷いていくピッコロさんをさらに強く抱き締めた。僕の心臓の音とピッコロさんの心臓の音が溶け合い、二つ一緒に鳴っている錯覚に陥る。ピッコロさんの肌の感触を確かめるために首に回していた腕をずらし、肩から胸にかけて撫で回す。くすぐったいのか少し体を揺らすピッコロさんを逃がさないよう、ぎゅっと押さえつけるように抱き締める。


「ピッコロさん、愛してます」

「……そうか」


一分一秒残っている限りの時間をすべてあなたとの時間に費やしたいくらい、愛してます。













こうなることくらいは知っていた。
ピッコロさんと僕はナメック星人と半地球人、いくらサイヤ人のハーフと言えどナメック星人の寿命には並ばないほど短いのはわかっていた。


「悟飯……お前、いつから嘘つきになったんだ?」


僕の墓石の前でしゃくりあげながら泣いているピッコロさんを後ろから静かに見下ろす。本当は真正面からピッコロさんの顔を見たかったが、ピッコロさんの泣き顔を見ると頭が真っ白になり柄にもなく狼狽えてしまう為、ずっと後ろからピッコロさんを見つめていた。しばらく号泣してから落ち着いてきたのか、しゃくりあげていた肩は大分穏やかになっていた。


「…悟飯……」


なんですか?
そう笑って彼の前に立ちたいのに、霊体の僕にはそれが許されなかった。もどかしさからぐっと拳を握る。
僕が後ろで拳を握っているなんて露程も思っていないであろうピッコロさんは乱暴に涙を拭ったかと思えば墓石をじっと見据えた。


「悟飯」


最早僕の名前を呼ぶことに意味などないのに、なぜ呼ぶのか。握っている拳が痛いほどもどかしさに耐えているというのに、ピッコロさんは意外と意地が悪い。
強めの風にマントを揺らしながら僕の墓石をじっと見つめていたピッコロさんが意を決したように大きく息を吸ってから口を開いた。


「ずっと言えなかった」


なにを言うつもりだろうか。ずっと隠してきた浮気を墓石にでも告白するつもりだろうか、と有り得ないことを戯れで思ってみる。随分な間を空けてから、その声で乾いた空気を震わせた。


「こんな言葉じゃ、大きすぎて伝わらないほどだが……俺も、愛してる」


逃げも隠れもしないはっきりとした声色でそう言い放つピッコロさんに、嬉しさから自然と口元が緩んだ。口元ついでに涙腺もなぜか緩んでしまったようで、死ぬときすら零さなかったそれを一粒だけ零した。
分かっていたはずの死別は思った以上に息が詰まり何かがせり上がってくる苦しいものだったのだと否が応でも理解させられ、思わず苦笑を浮かべた。


僕も愛してますよ


聞こえるはずのない言葉をその場に残し、父たちが待っている上へと帰るために地面を蹴る。もし僕の後を追うつもりならば悪霊になってでもそれを止めるつもりだったが、もう彼は大丈夫そうだと安堵した。
いつかあなたが死んだとき、また会いましょう。いつぞやか父が死んだときに残した言葉をそっくりそのまま心で反芻し、緩みそうになる涙腺を締めるためにしっかりと顔を引き締めた。


「…やっと逝きやがったか…馬鹿弟子めっ…」



愛別離苦
(記憶は消えども)
(また、会いましょう)




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