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 なぞなぞ



ふと、幼い頃に男は泣かないもんだとビドーに頭を撫でられたことを思い出す。ビドーの力に抵抗できずされるがままに頭を振っていたのが懐かしい。今でこそ俺に仕えてはいるが、昔はよく世話になったものだ。今でも小言は少なくないが。芳しくも少々きつめの花の香りが鼻につき、そっと足元を見やる。小さな花たちが辺り一面に蔓延り、小さいながらも凄まじい量の花が必死に俺の足を埋めていた。歩く度に花の香りと花びらが散っていく。時折目の端で何かが動き、足元の花の陰からよく分からない生き物がぴょんと跳ね俺の足から逃げていく。あまりにも平和的な光景にこんなところでは戦えないだろう、と妙な脱力感に肩を下げた。


「人間は分からねぇな、バトルステージにこんな風景を選ぶなんざ。むしろ結果的にエグいことになるだろうよ」


一人ごちりながら辺りを見回し誰をこのステージに配置するかを考える。しかし先程昔のビドーを思い出したばかりに、真面目な考えは頭を巡らず古く霞がかった思い出が駆けている。ビドーを配置しようと思っていたが、これでは待機するビドーが可哀想だ。ザンギャに爆笑されつつカメラを回されるだろう。
めんどくせぇ、もうザンギャ辺りでいいか。仲間内で一番花畑が似合うもこのセットにボロクソな文句を付けることは必至であろう紅一点に決したところで踵を返す。そこにはなぜかゴクアがおり、いつものように厳かにかしずいている。しかしその凛々しい顔は拗ねた子供のような表情を浮かべ俺を睨みつけていた。


「ボージャック様、探しましたよ。出歩かれるときは俺をお供にといつも言っているでしょう、また置いてきましたね」

「あー、悪い悪い。忘れてたぜ」

「忘れてたぜ、ではないです!俺、ボージャック様のお部屋の前でずっと見張りしていたんですよ!いつの間にやらボージャック様はいらっしゃらないしザンギャには嫌味言われるしさっき川があると気付かず浸かってしまって靴に水入って不快だしで散々です!」

「川は知らねぇよ」

「ともかく!出歩かれるときは俺に必ずお声掛けを!」

「おう」


凄まじい剣幕で俺に詰め寄ってくるゴクアに軽く返す。ゴクアはその軽い返事に納得がいっていないのかむすっとしてはいたが、詰め寄り縮めていた分の距離は再び後退りで広めていた。その足は湿っているようで周囲の花たちはどことなく元気になっているように見える。せっかくゴクアが来たばかりなのにすぐさま帰るというのも上司心なりに悪い気がしたので、一番幹がしっかりとしている木の枝に二人並んで腰掛けた。いや、並ぶな。暑苦しい。狭い。


「ゴクア、お前もうちょっと離れないか?向こうの枝に移るとか、」

「え?なぜですか?」

「なぜってお前……いや、もういい。なんでもねぇ」


俺の隣で小首を傾げるゴクアから目線をずらし、目の前に広がる花畑へと移す。なにも言わず俺と同じ景色を眺めるゴクアの隣で、ザンギャがこのバトルステージで花びらの舞う中謎のメルヘン生き物と共に戦う姿を想像する。その様はあまりにも可憐で愛らしいが、ザンギャのあの男らしい性格を知っているこちらからすればどうにも違和感が拭えない。しかもザンギャは他人が自身を女扱いすることを逆鱗としている。それに触れれば間違いなくあの小さくかわいらしい口元から、外見にそぐわぬ汚らしい罵詈雑言がこぼされることは間違いないだろう。どうしたものか、とうなだれる。


「どうされたんですか?」


きょとんと気の抜けた顔で俺の顔を覗き込んでくるゴクアから、少し距離を取る。こいつの距離の近さはどうにかならないのか。色々な意味を含めた溜め息を軽く吐いてから口を切った。


「いや…ここに誰を置くかでちょっとな」

「ザンギャあたりでいいのでは?」

「あいつのことだ、不平不満爆発は必至だろ」

「ボージャック様になにか言いやがったら俺が締めますよ!」

「お前、前キャメルクラッチで落とされてたろ」

「……」


きりりと頼もしい面持ちででかい口を叩くゴクアに一言突っ込むと、引き締まっていた顔は何とも言えぬ表情に一転し大きく叩いていた口を濁らせていた。
紅一点ともなると変に気を遣ってしまう。そのたびビドーに甘やかすな云々とお小言をいただくのだが、正直甘やかしている自覚がないのだから仕方がない。どうしたものかとゴクアと二人で花畑に目をやる。メルヘンな生き物がそんじょそこらを跳ねて駆け回っているのが見えた。なぜだかあざとく見えてしまい、腹立たしい。


「ボージャック様」

「ん?」

「俺が入りましょうか?ここ」

「あぁ?お前、俺の横がいいって随分ごねてたじゃねぇか」

「確かに少しでもボージャック様と時間を共にしたいですが…あなたが困ると、俺も困りますから」

「……そういうことは女に言うんだな」


すらっとゴクアの口から色恋紛いの言葉がこぼれたため背中に薄ら寒さを感じつつ適当にあしらう。こいつはあいつらの中で忠誠心がピカ一ではあるが、それ故に色々なものが見えていない。俺のような老い耄れ手前に懇ろにするよりは、ザンギャのような若々しい女とチャラチャラ遊び呆けている方が人生経験が豊富になるだろうに。


「忠誠心が強ぇのは良いけどな」

「……忠誠心から出た言葉とお思いで?」


切れ長の目を丸くし驚きと呆れが入り交じったような拍子の抜けた顔で俺を見つめていた。他になんかあんのかと聞き返すといえ…と語気をすぼめて目を泳がせ、曖昧に作り笑いを浮かべていた。その笑顔はむしろ苦笑に近い。忠誠心以外に他意があるようだったが、これ以上考えると何やら妙な答えを出してしまいそうだったので思考をせき止めた。


「まあ配置も決まったし、あいつらのところに戻るか」

「…はい」


木から飛び下り花畑に再び足をつける。俺に踏まれている花たちは草臥れもせず、凛と咲いている。生命力の強い花だ。雑草かもしれない。


「ボージャック様」

「なんだ」

「地球が手に入ったら、どんな他意から出た言葉か一緒に考えましょうね」


眉を寄せ困ったような笑みを浮かべ、木の上からぽつりと言葉を落とした。その意味の分からない言葉に、顔だけ振り返り怪訝にゴクアを見つめる。


「あ?自分でも分かってねぇのか」

「さあ、どうですかね?」

「訳の分からん奴だな」


先程の困ったような笑みとは違い今度は澄まし顔で俺の後ろを着いてくる。率直に感想を述べるとゴクアはそうですか?と澄ました声で軽く受け流した。本当に分からん奴だ。ゴクアの顔とは裏腹に、俺の顔は怪訝に染まっていた。
妙な疑問を心に秘めたまま花畑を後にし本拠地に戻ると、何やらビドーとザンギャが死闘を繰り出していた。どうやら女らしくしろ、したくない、の押し問答らしい。いつもなら首を突っ込むものの、先程途中でせき止めた思考が勝手に巡りそうになったため瓦礫を踏みながら自室へ戻った。地球を物にしたら一緒に考えてくれるらしいので、この自分勝手に暴れる思考を止めるのに集中しておこう。硬いベッドの上でうっすらと微睡み、そのまま瞳を閉じた。






ふと、幼い頃に男は泣かないもんだとビドーに頭を撫でられたことを思い出す。ビドーの力に抵抗できずされるがままに頭を振られるなんてことはせず、それは仲間が死んだときも有効かと問えばよかった。
足下に咲き乱れている花たちを適当に摘み、拙く地面に立てられた石の上に散らばらせる。惜別などしない。ただ、唯一遺された妙ななぞなぞが心に引っかかる。止まらなかった俺の思考が、勝手に導き出した答えで合っているのだろうか。死人に口なしなんて地球人はうまいことを言ったもんだ。

あの言葉は忠誠心じゃない、もっと違う、色鮮やかな感情からか?

問いかけるもそこに答えはない。
俺と石の間に強い風が吹き荒れ、石の上に散っていた花をいくつか舞い上げさらっていった。





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