真夏の一ページ
汗のかいているグラスから伸びるストローをくわえぶくぶくと空気を吹き込みながら悟天はつまらなそうに呟いた。
「ねぇトランクスくん、早く重力室で戦闘ごっこしたいよぉ」
「しょうがないだろっ、パパが悟空さんと修行やり始めちゃったんだから」
「ちぇっ、先に重力室使う約束してたのは僕たちなのにさ」
口を窄めた悟天がぷっと口からストローを吐き出すと、ストローに残っていたジュースが跳ね悟天の頬を濡らした。氷でよく冷えており心地のいい冷たさだったがベタついているのが不快で眉根を寄せながらそれを袖口で拭う。つまらなそうな悟天にトランクスは昨夜父であるベジータと交わした重力室使用の口約束を思い出し、ばつが悪そうにそっぽを向いた。しかし転んでもただでは起きないトランクスは悟天も道連れにしようとしたのかすぐさまニヤニヤと悟天を振り向く。
「大体、悟空さんがパパを挑発するから喧嘩が始まっちゃったんだぞ」
「だって僕のお父さん、トランクスくんのお父さんが大好きなんだもん。そりゃあちょっかい出しちゃうよ」
「悟空さんも子供だよな、好きな子いじめるなんてさ!」
「そうかなぁ」
僕もトランクスくんのこと、いじめたいんだけどなぁ。
心の中で小さく本音を吐露してから再びストローに口を付ける。今度はジュースを吸い上げ喉を潤していくが炭酸の強いジュースだったため思わず軽く咽せ返った。炭酸ジュースで咽せ返るなんて格好悪いところを思い人が見ていないかと慌ててトランクスに目を向けるが、どのオモチャで遊ぼうかなぁと楽しげに棚を漁っているトランクスは気付いていなかったようでほっと安堵の息を吐いた。
相当炭酸の強いジュースなのかグラスの中を覗き込むと無数の小さな気泡がグラスや氷、ストローについている。トランクスのグラスもこんな風になっているのかとトランクスのグラスへと目を向けると、悟天の炭酸ジュースとは違い穏やかな味であろうオレンジジュースが注がれていた。
「トランクスくんは炭酸じゃないの?」
「俺、炭酸苦手なんだよ。一気飲みできないし」
「ふーん…」
振り向きざまに返ってきたトランクスの返事に汗の掻いているグラスを見つめながら興味なさそうに相づちを打つ。ぼーっとトランクスの背を見つめているとふと真面目な兄の言葉が頭を過ぎった。
好き嫌いはいけないぞ、悟天。清々しい笑顔で残した野菜を無理矢理口に押し込み鼻を摘まんで、飲み込むほかに為す術をなくす兄がよく言っていた言葉だ。愛故の教育というのは分かっているが若干トラウマである。お陰で好き嫌いはなくなったが。不意に古傷を抉られ、悟天は兄の顔を思い浮かべながらぶるりと体を震わせた。そしてちらりと炭酸の入った自分のグラスとトランクスの背を交互に見つめてから、なにか思いついたのか弾かれたようにグラスを片手にトランクスの元へと駆け寄った。
「トランクスくんっ」
「なんだよごて…んむっ!?」
「好き嫌いはいけないって兄ちゃんが言ってたよ」
痛くしないからさ、と無邪気に笑いながらトランクスの顎を押さえ炭酸ジュースの入ったグラスをトランクスの口めがけて傾けた。抵抗しようと悟天の手首を掴むが押し退けようとした瞬間に炭酸が無理矢理喉へと流し込まれ、思わずごくりと飲み込む。しかし飲み込んだ途端喉がじわじわと気泡に侵されていき、悟天の手首を掴んでいる手に目一杯の力が込められた。
「んーっ!んっ、んんん!」
「なに言ってるかわかんないよ」
弱いとはいえ酸性の液体を喉の奥に注ぎ込まれているトランクスの顔は苦しさで歪み目尻には涙が溜まっている。必死に喉を開き食道へとジュースを誘うトランクスをじっと見つめているとなにを思ったのか悟天は更にグラスを斜めに傾けた。トランクスは突然増えたジュースに目を見張り悟天を一瞥したが、すぐに喉を開くことに集中するため固く目を瞑った。
しかし流し込められる量を越えていたのかすぐに口内にジュースが溜まり、やがては溜まりきらないジュースが口の端を伝って零れ落ち、トランクスの紺色の胴着を濃紺へと変えていく。
「…っ!かっ、ぷぁ!んあ、あ!」
「わっ、喋ったらダメダメ!零れちゃうよ!」
喉を開くことに集中していたトランクスだったが突然控えめに頭を振り縋るように悟天の胴着をぎゅっと握った。トランクスが頭を振るたびに零れるジュースに焦った悟天は一旦流し込むのをやめ、グラスを垂直に戻した。するとトランクスは今が好機とばかりに未だジュースが残っている口を閉じ、素早く悟天から離れた。しかしそのトランクスの様子はどこかおかしく眉根を寄せ口元を強く押さえながらなにかに耐えるように俯いている。
悟天は慌ててグラスをテーブルに置いてトランクスに駆け寄るが、悟天が駆け寄った刹那にトランクスの口が大きく開き口に残っていたジュースがべしゃっと床に歪な絵を描いた。
「っかはぁ!けほっ、げほ!っは、はぁ…っ!」
「大丈夫?トランクスくんっ」
「げ、えっ…けほ!ふあ、っはあ…はあ…うぇえ…」
トランクスをこの状態に追いやった当人はさも心配そうにトランクスの背中を優しくさすっている。お前のせいだろ、と内心で悟天に悪態を吐くもトランクスは胃の中に溜まったガスが若干の胃酸と共にせり上がってくる違和感に顔を歪めた。何度もえずくがうまくガスが排出されないらしい。
必死にげっぷを出そうとしているトランクスを傍らでじっと見つめていた悟天だったが、ふとトランクスの口の端に目が行った。
反射した水滴が艶やかに未だ丸みの残る幼い輪郭をなぞっている。幼心ながらにその口の端から伝う水滴に煽られ、思わず息を詰まらせた。
「…っトランクス、くん」
「……」
トランクスはまだえずき足りないのか舌を伸ばしきり喉を押さえている。たじろいでいる悟天を返事の代わりにぎろりと睨みつけた。お前と喋ってなんかやらないもんね、という意図で睨みつけたらしいが、涙の溜まった瞳で睨まれた悟天は怯むどころか官能的に見えるその姿にぞくりと体を震わせた。
「どうしよう、トランクスくん…今の僕、すごく楽しい…」
「っは?なに言ってんだ、お前」
「僕、お父さん似だから…そういうところも似ちゃったのかなぁ…」
「何の話だよ、悟天っ」
言葉の意味を疑問に思うあまりトランクスは無視しようと決めていたはずだった悟天に噛みつく。一人たじろいだり恍惚したりと見事な百面相を披露する悟天をトランクスは不審そうに見つめている。不審すぎる悟天にトランクスが眉間に皺を寄せた刹那、トランクスの口の中に生暖かいものがぬるっと侵入した。
「っん、うぇっ!?」
「きみにこういうことしたくなる、っていう話だよ」
侵入した異物は悟天の指のようだった。その指は舌をなぞりあげゆっくりと喉へ指を這わせていくが、口蓋垂を目前にしたところで一気に指を喉へと押し入れる。悟天の指が喉に侵入したことで勝手に器官がぐっと上に押しあがり自然とえずくことになった。
それも他人の手によって不意にえずくことになったためトランクスは眉間の皺をより深くし、今まで溜めていた涙を一粒零した。楽しそうに笑うでもなく憎悪で睨みつけるでもなくただ真顔で己の口内を指で侵す悟天に、トランクスは背筋を凍らせた。
「んぐ、うえぇぇっ…!ふぁ、あっ…っろへんんんっ…!」
「すごい…喋ると指にべろが絡まって、すっごく気持ちいいや」
「やめ…!ぅあっ!」
「あは、もっと喋ってよ。トランクスくん」
「やっ…」
苦しそうに首を振るトランクスとは裏腹に素知らぬ顔で悟天は恍惚の笑みを浮かべトランクスの口蓋を優しく撫であげる。悟天の優しい撫で方がくすぐったく身を捩らせ口を閉じようとするが、悟天の馬鹿力に顎の力が勝てるわけもなくその抵抗は虚しく思えた。
結果が出ずともその虚しい抵抗を続けるトランクスをじっと見つめる悟天の瞳はただ真っ黒が広がっているだけでなにを考えているのか全く分からない。悟天は指をトランクスの口の端に寄せ、静かに口を開いた。
「ねえトランクスくん」
「っなんだよぉ…」
「僕も好きな子はいじめちゃうタイプなんだ」
「はあ?…っ意味わかんねーよ!…なんで、このタイミングで…」
気恥ずかしいため遠回しに告白したつもりだったが、勘のいいトランクスはそれを覚ったのか赤面しながら悟天から目を逸らした。しかし悟天が突然トランクスの口から指を引き抜いたことでトランクスの目はまたすぐ悟天へと向けられる。トランクスの涎で濡れそぼつ指を自分の唇へとゆっくり這わせてから、見せつけるようにその指を吸い上げた。
「なっ…にやってんだよ、悟天!指、汚…」
「汚くないよ。トランクスくんのよだれ、すごくおいしい」
「…馬鹿じゃねーのっ!」
「トランクスくんは馬鹿じゃないから、もう気づいてるでしょ?ね、僕と結婚しよ?」
もう片方の手でトランクスの両手を優しく包み込みにこりと爛漫に笑う。悟天のその笑顔とプロポーズでトランクスの頬はみるみるうちに赤くなっていく。赤く染まった顔を隠すためしばらく俯いていたトランクスだったが、最早やけくそなのか勢いよく顔を上げぎこちなさの残る勝ち気な笑みを浮かべた。
「……ふんっ、悟天は悟飯さんの弟だし…か、考えといてやるよっ!いいか、悟飯さんの弟だから考えてやるんだかんな!」
「うんっ!幸せにしてあげるね!」
「もう結婚した気でいら…ほんと、ばっかじゃねーの…」
「へへ、トランクスくんは馬鹿が好きなんでしょ?」
「………馬鹿悟天」
その後二人の約束にこっそり聞き耳を立てており風化しかけているベジータと、それを必死で慰めるも逆にベジータの神経を逆撫でしてしまう悟空がまた一騒動起こすが、それはまた別の話である。
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