前言を撤回します
「ごはーんっ!」
カタカタとキーボードを叩く音だけが寂しく響いていた部屋の扉が突如天真爛漫な声と共に開け放たれた。頬を綻ばせつつ芳しく香るコーヒーの注がれたカップをパソコンの傍らに置き、眼鏡を外して扉から顔を覗かせている愛しい人を振り返る。
「なんです?お父さん」
「へへっ、修行してたら悟飯に会いたくなっちまってよ」
頬を掻きながらはにかんだ笑みを浮かべるお父さんにさらにだらしなく口元が緩み、提出期限の迫っているレポートを閉じて扉の前でそわそわしているお父さんの元へ歩み寄る。抱き締めるとお父さんのにおいと汗のにおいが混じった香りが鼻につき、彼が自然体であることを感じられよりいっそう愛おしさがこみ上げる。あーもう、大好きだ。
僕より背の高いお父さんは上から背中へと腕を回し甘えるように僕の首に顔を埋めた。それをあやすように優しく背中を撫でるとお父さんは嬉しそうにへへ、と気の抜けた声を上げた。
「悟飯の体、あったけぇなぁ」
「お父さんが甘えたがるなんて、珍しいですね」
「最近ぎゅうもちゅうもなかったかんな」
「じゃあ次はちゅうだ、なんて…」
「おぉ、オラが考えてることよくわかったなぁ!」
「え」
自分の欲求を言っただけだったのだが、目を輝かせながら感嘆しているお父さんに今更そんな邪心をひけらかすことができるはずもなく、曖昧に笑いながら先程よりも強くお父さんの背中を抱き締めて誤魔化す。ぎこちない笑い声を上げていると突然密着していた体が離され、顔をずいっと近づけられた。息が掛かり合うほどの距離にいるお父さんがはにかみながらいいか?と問うた。それに優しく笑い返すとゆっくりと近づいてきた遠慮がちな唇が僕の唇と重なり、ちゅっと小さく音を立てた。
お父さんの舌が僕の歯列をなぞり深いキスの催促をしたため、躊躇いつつも口を開いておずおずと舌を差し出す。
「う、にげぇ…」
「あ、ごめんなさい!さっきコーヒー飲んでて…」
「でぇじょうぶだ。それより悟飯、べーってしてみろ」
口内に舌を侵入させた途端顔を顰め舌を出すお父さんに慌てて謝ると、お父さんは思いついたように目を輝かせながら見本を見せるかのように舌を出した。疑問を抱きながらもそれに習って舌を出すとお父さんはその舌にちゅるりと官能的な音を立てながら吸い付いた。舌を吸われて愛撫されるのは初めてで戸惑ったが刹那にぞくりと快感が駆け抜けすぐにそれに溺れる。
いつもと勝手の違うキスに視界が潤み頬が上気する。襲い来る快感に強く目を瞑りたかったがお父さんの健気で切なそうな顔を見ていたかったためなんとか目を細めるだけに留めた。
「はあ、んっ……これ、すげぇ」
「ひゃっ…!っお父さん、口に入れたまま喋らないでください!」
「ははっ、わりぃわりぃ」
吸われるのとは違う刺激にぞくりと身を震わせ思わずお父さんの舌から逃れるように身を引く。暢気に笑いながらも逃さんとばかりに僕の腰を引き寄せまた唇を重ねた。期待から少し口を開いたがお父さんは軽く唇を重ねた後すぐに離れてしまい、舌を絡ませるものだと思っていた僕は盛大なる肩透かしを食らう。視線を泳がせもじもじとしているお父さんに首を傾げていると、お父さんは眉根を寄せながらもへらっと笑い大きな爆弾を落とした。
「わり、悟飯。オラやりたくなっちまった」
「え」
「久々にオラが入れてぇなぁー。最近、やられっぱなしだしよ」
「え゛!」
行為に及ぶこと自体はこの際素直に嬉しい。しかしお父さんが入れるということには素直に嬉しがるなんてことは決してできない。
前に一度だけお父さんに入れられたが、痛みが最高潮に達しているところで半ば無理矢理腰を振られた上に入れるものがかなり大きい。比喩ではなく腰が砕けたあの日以来、ずっと入れるに徹していたのだ。しかもお父さんは快楽に弱いタイプなようでスイッチが入ると抑制が利かず入れようが入れられてようが自ら激しく腰を振り、ただひたすら快楽を貪る。そんなお父さんに入れられては提出期限の迫っているレポートに手がつけられなくなるのは最早瞭然とした事実だ。ちなみに以前入れられた際は三日ほどベッドの上から降りられなかった。正直今まで生きていた中で最大の死闘だとさえ思った。
「な、な?ベッドもあるしさ…一回だけ!」
「あ、あれはベッドじゃないです…豆腐です…」
「なに言ってんだ悟飯…なぁなぁ、いいだろー?ちょっとだけだから」
「だっ、ダメです!もしするなら、僕が入れますからね!」
「えー…オラ、悟飯に入れてぇのに…」
しゅんと明らかな落ち込みを見せるお父さんに怯みう、と小さく唸る。いとも容易く揺らぎかける理性にぶんぶんと頭を振って渇を入れなんとか堪える。
しかし冷静にレポートとお父さん、どっちが大事かと天秤にかけてみれば無論お父さんの方に傾くだろう。それではレポートを優先させているのは矛盾しているということになるのか。って、なに考えてんだ孫悟飯!理性をしっかり保て!
「なあ、しようぜ…?」
保てるわけがなかった。
先程のキスですっかり火照ったお父さんに艶やかな声で囁かれ僕の理性は完全にどこかへと旅立っていき、黙ってお父さんの手を引いてベッドに腰掛けた。お父さんは嬉しそうに笑って僕の首に抱きつき、ついでに鬱血痕をつけてくれた。肌を吸い上げられびくりと体を揺らし声を出さないよう抑えていると、ゆっくりとベッドに組み敷かれまた首に吸い付かれる。
まあ、たまには入れられるのもいいかもしれない。お父さんの愛撫に溺れ正常に機能しなくなった頭の片隅で小さくそう呟きながら、首につけられた鬱血痕を優しく撫でた。
「じゃ、入れっかんな」
「え!?ちょ、慣らして!慣らしてください!嘘っ、冗談ですよね!?あっ…う、うわあああああ!」
前言撤回。
僕はこれから先永遠に入れるに徹したいと思います。
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