ひみつのじかん
「トランクスくん!見て見て、すごいお花畑だ!」
「なんだよ悟天、花で喜ぶなんて女みたいだぞ」
「トランクスくんはお花嫌いなの?」
「……嫌いじゃないけどさっ」
香りを風に乗せてよそぐ、花畑。喜ぶ悟天を見てトランクスが鼻を鳴らして笑うが、悟天の脳天気な返しに毒気を抜かれたのか面白くなさそうに足下の花に目をやった。眉根を寄せ顔を顰めていたトランクスだったが、鼻腔をくすぐる花の香りに思わず頬を綻ばせる。
ちらりと横目で悟天を見ると、悟天はすでに座り込み花いじりを始めていた。
悟天は子供だなと呆れた風を装うが、その目はちらちらと悟天の手元の花にいっていた。花自体に興味がないのは本心だったが、片隅で好奇心がいじってみたいと叫んでいる。
「……しょうがないなっ、オレもやる!」
「うんっ」
トランクスの高圧的な態度が照れ隠しだと知っている悟天は嫌な顔をせず、ぱあっと嬉しそうに笑った。冠を作っているらしく同じ種類の花を摘んでは器用に手元のそれへと織り込んでいく。まともに花など触ったことのないトランクスは着々と出来上がっていく冠を黙々と物珍しそうに見つめていたが、どんどん飽きてきたのか冠が半分まで形になったというところで噤んでいた口を開いた。
「なあ悟天、キスって知ってるか?」
「え?うん、知ってるよ。ちゅうでしょ?」
何気ない話題に手元の作業を止めきょとんとした顔を上げる。それがどうしたの、と首を傾げる悟天にトランクスは優越感に浸った余裕の笑みを浮かべた。
「ちゅうとは違うんだよ!キスは、大人の人がするちゅうのことなんだぜ」
「ちゅうとなにが違うの?」
「えっと…キスはべろとべろを押しつけ合うんだってさ」
たどたどしく記憶を引き出していきながら舌をべっと見せて出すトランクスに悟天は想像がつかないのかますます首を傾げている。しかしそれでも幼心ながらに好奇心が刺激されているのか手元の作業は完全に止まっていた。興味津々に聞き入っている悟天にトランクスはいい気分になったのか誇らしげに笑っている。
「べろ食べるの?」
「へ?いや、えっと…ち、違うよ!こう、押しつけ合って」
「よく分かんないなぁ…」
実を言うとトランクス自身もキスについてはあまり知らなかった。これ以上質問をされたらボロが出てしまいそうで、嫌な汗を背中にかきながら視線を泳がせる。違う話題に変えたかったが悟天はキスで頭がいっぱいらしくキスキスと何度も呟いており、変えるのは難しそうだ。
どうしよう、と容量の小さな頭をフル回転させているトランクスとは対照的に、悟天は呑気な笑顔を浮かべぱっと顔を上げた。
「じゃあ、してみようよ!」
「えっ…!?なに言ってんだよ悟天っ、子供できちゃうじゃんか!」
「僕たち男の子だもん、大丈夫だよ!ね、ね、してみようよ!」
「……ったくもう!しょうがないな!」
呆れたようにため息を吐くトランクスだったがやはりキスが気になるのか、そわそわと身を捩った。一度座り直し背筋をピンと伸ばしてから、硬い面もちで悟天の肩を抑えるように掴んだ。初めてのことに異様な緊張を感じ双方頬を染めたが、トランクスが顔を近づけていくのも悟天がそれを受け入れようとするのもあまりに自然で、当たり前のことのようにすら感じられた。いけないことだと本能が察し鼓動を早くさせて焦燥感を煽るが、二人は止めようとはしない。
「んんっ」
「む…っ!」
トランクスがやや乱暴に唇を重なると、がちっと歯と歯がぶつかり合い鈍い音を立てた。しかしそんなことは気にならないほど二人は興奮しているのか、夢中に互いの唇を重ね続ける。押されれば押し返し、押し返されればまた押し返すという唇の押しつけ合いがしばらく続いていたが、悟天がトランクスの整った歯並みを舌でなぞったことで押しつけ合いは終わりを迎えた。
「ふ、ごて…はぁ…っ」
「ぷはあっ……トランクスくん、べろ、だして」
「う、ん」
重なり続けていた唇を一度離し、肩で息をしながらもトランクスに声をかける。トランクスは押しつけていただけでもかなり消耗したのか、頬を上気させながら虚ろで曖昧な返事を返していた。しかし悟天もそんなトランクスを気遣う余裕はなく、こみ上げてくる欲求を満たすようにもう一度唇を押しつけた。
半開きだったトランクスの口内に侵入するのは容易く、優しく舐めるように舌を絡み合わせる。時折漏れる苦しそうなトランクスの熱い息が顔にかかり、悟天の興奮を煽りますますキスを激しくさせた。
「んん、んっ!ご、て…!」
「っふあ…はっ……とら、くす…!」
キスの合間に自然と意味のなさない呼び合いが零れ、それは互いをひどく興奮させる。しばらくの間熱の籠もった声で名前を呼び合いひたすら口内を貪り合うことに熱中していた。唇が離されたのはもう辺りが橙色に染まる頃で、唇が重なったときのようにさり気なく離れていた。
長きにわたったキスの余韻を楽しむように息を整わせてから悟天が大きく息を吐いてにこりと呑気な笑みを浮かべた。
「口の周り、べとべとだ」
「オレも…」
袖でごしごしと拭いながらも、これはトランクスの唾液なのだと思うとまた興奮が蘇ってくる。ふと手元に目を落とすと作りかけの冠がずっと握られていたことによってしなっていた。
「ありゃりゃ」
「萎びちゃったな」
「ま、いいやっ」
「軽いやつだよな、お前って」
軽く流す悟天にまた呆れるが、ぽすんと頭に作りかけの冠を乗せられたことですぐにその顔はきょとんとしたものに変わった。それあげるね、と笑った悟天に釣られトランクスも嬉しそうに笑うと、悟天はトランクスの首に思い切り抱きついた。突然のことに対応できずに情けなく押し倒されると下敷きになった花の花びらがふわっと舞う。ひらひらと揺れ落ちてくる花びらを被りながら慌てて悟天を離そうとするが、なんだか抵抗するのも馬鹿馬鹿しく感じそのまま寝転がった。
「トランクスくん」
「なんだよ、悟天」
「また、しようね」
「……ん」
トランクスの瞼にちゅ、とキスを落とす悟天に、トランクスはまた曖昧な返事を返した。蘇ってくる背徳感と溢れてくる期待感に、トランクスは一人背中をぞくりと震わせた。
ひみつのじかん
(それはいけないことだと、)
(本当は分かっていたんだ)
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