月夜の浜辺 | ナノ


虚像と知った



 ローテーブルの上に置かれた卓上用の小さなクリスマスツリー。綺麗に包装されたセロハンの小袋。すやすやと寝息を立てる小さな塊。それらを順に見遣ってから盛大な溜め息を吐いた。なんだって毎度毎度、ソファの上で寝落ちるのか。寝室に行って寝ろと今まで何度言ったか分からない。佐倉が学習するのが先か、俺が諦めるのが先か。後者の確率の方が非常に高くなってきた気がする事に再度溜め息が零れそうになったのを押し留めて羽織っていた外套を未だ眠りこける佐倉に掛けてやった。それから寝室に運んでやるべく佐倉に手を伸ばしたところで、ふるりと睫毛が微かに揺れる。ゆっくりと開かれた瞳は暫くぼんやりとしていたが、自分を見る俺の存在に気付いたらしい。数回瞬きを繰り返してぱっと花が咲いた様な表情で起き上がる。それはまるで「待っていた」と言わんばかりの笑顔であったが、はたと思い立った佐倉は慌てた様子で時計を見た。そして肩を落とす。佐倉の視線を追って時計を見て納得。そう云えば、疾うの昔に日付は変わっていたんだったか。恨みがましげな目で佐倉が此方を睨む。

「言っておくが、俺はしっかりと遅くなると伝えたし、今日中に帰って来るとも云っていないからな」

 俺に当たるな、と言外に含めたこの言葉を佐倉はしっかりと汲み取ったらしい。ぎゅっと小さな手が、先程掛けて遣った俺の外套を握る。頬を膨らませた顔には「意地悪」と書かれている。誰が意地悪だ、事実を述べただけだろう。

「本当に、手前は思ってることが直ぐに顔に出るな」

 正直、と称すには余りにも正直過ぎる嫌いのある佐倉の性格に小さく息を吐く。今この年齢だからなのか、それとも今までの、否、それは関係無いだろう。何にせよ、良くも悪くも感情が表に出る佐倉は、案の定、疑問符を浮かべながら不思議そうに首を傾げた。

「別に悪いと言ってる訳じゃねぇよ」

 くしゃりと黒檀の髪を撫でてやると擽ったそうに瞳を細めた佐倉は、すぐ傍らに置かれていたスケッチブックを手にするとたどたどしく紙面にペンを走らせた。書かれていくそれを読み上げて、一瞬、息が詰まる。

『なかはらさんの おてつだいは できない?』

 これは何を意図しているのだろうか。深く考えずに思ったことを書いただけだと思いたい。

「……今だって、しようとしてんだろ、大体失敗に終わってるが」

 家の中の事で佐倉に出来る事は増えてきてはいる。出来ない事の方が多いのは確かだけど、それでも、なんとか熟そうと孤軍奮闘しているのも事実。しかし佐倉は少し考える様に視線を彷徨わせて、そして再び手を動かした。

『おしごと てつだうの』
「佐倉、」

 まるで佐倉の思考を遮る様に名前を呼んだ。意図した訳ではなかったけれど、それでも、無意識にコイツの考えを、発言を、聞きたくないと、知りたくないと、抑圧すべく唇が動いた様な語調になったのは確かだった。その所為か、先の言葉なんて何一つ思い浮かばなかった。何を云っているんだ、とか、なんで唐突にそんな事、とか、思う事は多々あれど、それでも、言葉にはならなかった。
 真っ直ぐに此方を見据える琥珀色のそれに云い知れぬ焦燥を感じて、ただ黙って佐倉の小さな身体を抱き上げる。出会った当初と然程違いの見られない小さな腕の中の温もりに纏まらない言葉の数々を飲み込んで目を閉じた。

「……佐倉、寝ろ」

 贈品は明日貰うから。クリスマスはそう云う日だ。そう付け足して背中をあやす様に叩くと、肩口に擦り寄ってきた佐倉がこくりと頷く。
 音も無く、ただひっそりとした空気で何かを云ったらしい佐倉の言葉を、聞き返す気には到底なれない。




2016/12/20初出

サンタを虚像と知ったように
title by.まばたき


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