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赤司とSP



ボディーガード【bodyguard】
重要人物に付き添って、その身辺を守る人。護衛。
『三省堂 大辞林』より


 日本ならセキュリティポリスや身辺警戒員、アメリカならシークレットサービスと言った方が分かり易いだろうか。
 そう続けた赤司は綺麗な所作で、トレーの上に並べられた皿に盛られる煮魚を箸で摘み上げて口に含んだ。

「セキュリティポリス、って?」
「SPと言う略称の方が聞き馴染みがあったか?」

 きょとんと首を傾げて問う葉山に赤司が謝罪の言葉を述べて答えると、ああそれか、と納得したように葉山は頷いた。

「余談だが、身辺警戒員はPOと略されるしシークレットサービスについてはSSと略される。もっと厳密に言うならば、SP、POと称される組織は警察の組織かな」

 類似職は民間の物にもあるけど、と続ける赤司の言葉に素直に感心する葉山と実渕。根武谷は感心しながらも食べる手を止めるつもりはないようだ。
 そもそもなんでこんな話を昼食中、しかも食堂でしているのかと言うと、勿論それは赤司の話だったからで。誰だったか、赤司も御曹司の子ならばそんな奴がいるんじゃないかと口にしたからだ。ああ、確実にこんなこと言うのは葉山しかいないな。葉山だ。
 そこから呼び名の違いについての話題に発展して今に至るわけだが、結局の所、呼び名に違いはあれど民間の警備会社の人間もSSと呼ばれたりボディーガードと呼ばれたりとするのだとかなんだとか。

「で?征ちゃんのところは結局どうなの?」
「勿論居るよ」
「赤司にも?」
「ああ、一人だけだけれど」

 サラリと何でもないことのように言ってのけた赤司は何でもないように味噌汁を啜る。それに対して葉山は「やっぱ居るんだー!」と目を輝かせた。

「父の身辺警護をしている人が代々そういった役職に就いているらしくてね、その息子さんなんだけど、幼少期から訓練を積んでいたらしい」
「将来征ちゃんの身辺警護をする為に、ってこと?」
「まぁ、順調にいけば行く行くはそうだったのかもしれないね。今回こうやって僕が京都に単身で赴くことになったから予定より早まったに過ぎない」
「へぇー…のワリには赤司って結構一人で居ること多くね?なに?そいつは学校には一緒に来たりしてねぇの?」

 今まで食べることに専念していた根武谷が疑問を口にすると、赤司は小さく首を横に振った。

「常に一緒に居る訳ではないよ、そんなに着き纏われたら窮屈だし、そもそもまだ正式に跡を継いだということでもない。警戒し過ぎて周囲に迷惑を掛けるのは僕も彼も本意ではないから」

 成る程、と頷いた三人はそれから少しの間、赤司のボディーガードとやらの話に花を咲かせていた。それを黙って聞きながら時折返答をする、というスタンスをとりながら、赤司は食事を再開させた。

 そんな中、ふと実渕の口から零れた言葉に赤司が箸を止める。

「でもまぁ、居るかは分からないけれど、良からぬ輩が征ちゃんに何かしないとも限らないじゃない?常に一緒じゃないならその時に狙われたりしそうだし、それを危惧して発信器とか付けてたりするのかしらね」

 これに赤司は何か言葉を返すわけでもなく、ただ黙って箸を置くと両手で服の上から自分の体をぺたぺたと触り始めた。そうして、ある一点、ジャケットの胸ポケットの上でその動きを止めるとそこに指先を入れた。

「………赤司…?えーっと…それ、何?」

 赤司の白い指先によりポケットから取り出されたそれは黒色の小さなチップのような物。無言でそれを凝視する赤司に葉山が恐る恐る問い掛けると、地を這うような声が赤司から返ってくる。

「盗聴器だ」

 あの野郎、と小さな声で続けて赤司はそれをバキリと真っ二つに折り割った。その様子にただ黙っているしかない無冠の五将である三人の顔色はすこぶる悪い。
 漸く、この沈黙を打ち破ろうと口火を切るが為に動いた実渕より幾分か早く、テーブルの横に立った黒髪のその人物は赤司の前にあるトレーのすぐ横に静かに手を着いた。

「ちょっと、」

 凛と透き通る声で紡がれたそれに、赤司は視線を向ける。手の中にあった黒い塊を投げ捨てるようにトレーに置くと、なんだ?と短く返事をした。

「俺が何を言いたいのか、分からないほど頭が悪いとは思えないけどな」
「その言葉、そっくりそのまま返そう」
「「…………」」

 両者無言のままただ睨み合っている。先程沈黙を破ろうとした実渕は行き先の無くなった言葉を押し留めるかのようにキュッと唇を引き結んで事の成り行きを見守っているし、葉山と根武谷については要らぬ火の粉を浴びたくないのかチラチラと盗み見てはいるものの、基本的に視線は逸らされている。
 そんな中、先に口を開いたのは黒髪の少年だった。

「……それ、」
「なんだ」
「…………幾らしたと…っ、高かったんだからな畜生!」
「人に盗聴器仕掛けておいてよくそんなことが言えるな」
「必要以上に接触するなって言うお前と!お前に何かあったらタダじゃ済まされない俺の!両者の安全を保証する為だろうが!」
「大変だな、中間管理職は」
「他人事だと思いやがって!」
「他人事だから仕方ないだろう」

 くたばれば良いのに…っ!
 万感の思いが籠められた呟きとともに彼は両手で顔を覆った。それを見て赤司は隠すこともせずに溜め息を吐く。

「たかが盗聴器如きで何を大袈裟な…」
「それもそうか」

 呆れ半分に言われた言葉に、彼は顔を上げてあっけらかんとした口調で返す。そんな様子に瞠目した赤司に、彼は何でもないことのようにあっさりと言葉を続けた。

「お前の為を思ったものが盗聴器一つだけだと思っているのなら、お前のその浅はかな考えに俺は感心を通り越して寒心するわ」
「一応聞いてやる、何を仕掛けた」
「盗聴器、発信機、GPS、通信機、カメラ…あとは…」
「もう良い黙れ」

 自分から聞いてきたくせに、とぼやいた彼に赤司は頭が痛むのか額に手を当てて大きく息を吐く。そんな赤司に見守るだけだった実渕がそろそろと声を掛けた。

「ねぇ征ちゃん、その人ってもしかして…」

 さっき話していたボディーガードなの?と続けられるのであろう言葉は、音になることなく中途半端なところで区切られた。しかし聡い赤司はきちんと汲み取ったようで、一度首を縦に振る。

「ああ、彼が僕の、俗に言うSPだ」
「不本意ながら赤司の身辺警護を任されています」

 赤司の紹介に続く形でそう名乗った彼は、綺麗な笑みを浮かべて「以後宜しくお願いします」と恭しくお辞儀をした。

 正直、コイツ含めた赤司と付き合おうものなら面倒臭いことになるに違いないのだが、如何せん赤司は我らがバスケ部主将なのだ。どうすることも出来ない俺達は、どうも、と返すことで乗り気ではないという意思表示をする他に手段はない。
 それを赤司が察して汲み取ってくれるかは別問題なのだけど。

 今こそミスディテクションを使う時か。




2020/03/07

初出:2015/01/08


 


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