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恋と戦争



「困った」

 そう一言呟きながら屋上の鉄扉を開いた彼女は、整った顔を困惑に歪めてはいなかった。寧ろ平静、真顔、涼しげだ。
 三年間の付き合いである。彼女のこういった性格は既に理解しているし、こういった場面も間々あることだと理解していたので、取り敢えず箸で掴んだままだった唐揚げを口に放り込みながら視線だけで続きを促した。

「もう頼れるのは清志しかいないの。ああいや、最終手段は大坪くんなんだけども」

 俺の横に座りながら告げた彼女──篠の頭を無言で引っ叩く。口の中にあるものを飲み込んで体ごと向き直れば、篠は俺の叩いた場所を笑いながらさすっていたから堪えていないらしい。これもいつもの事。

「んで? 何が困ったんだよ」
「ああ、ねぇ、海常バスケ部の主将さんと連絡取れる?」
「は?」
「海常バスケ部の主将さん」
「取れないこともねぇけど、大坪のが確実だろ」

 俺の返答に篠は「やっぱり? ねぇ大坪くん」と大坪の元に行く。その様子を何ともなしに眺めながら喉を潤そうと温くなったお茶のペットボトルに口を付けた。

「大坪くん、海常バスケ部主将さんに『ストーカーは辞めろって後輩に言っておいて』ってメールしてくれない?」
「げほっ…!」

 口に含んだお茶を飲み込もうとした瞬間聞こえてきた意味深な発言により思い切り咽せる。大丈夫かとかどうしたとか聞いてくる周りの声に片手を上げて平気だと意思表示をしてから、元凶である篠の肩を掴むとこちらに向き直させてから口を開いた。

「お前今度は何したんだ! 海常で何しやがった! 好い加減にしろよ!!」
「何もしてないわよ、私が被害者!」

 べしべしと俺の手を叩いてくる篠に、仕方ないと掴んでいた肩から手を離してやれば篠は襟元を直しながら睨み付けてきた。怖くねぇよ。






 溜め息が聞こえた気がして視線を動かすと、そこには見たことのある髪型をした人がいて自然と足がそちらに向かった。
 真ちゃーん、なんて間延びした声は無視してその人物の肩を叩く瞬間、振り返った彼女はその深い海のような瞳を真ん丸にして一歩、後ずさる。自販機に背中をぶつけて再度驚いたその人に思わず口角が上がった。

「お久し振りです、幸村先輩」
「緑間くんだ、久し振りついでに驚かさないでよ」

 もう、と不満そうに続けながら笑う彼女は中学時代より少し髪が伸びたぐらいで他は変わりないようで、どこか安心感を覚える。
 後ろから様子を見ていた高尾が、訝しげにしながら俺と幸村先輩をチラチラ見るのが鬱陶しいのだがそこはそれ。好奇心旺盛な彼に気にするなと言う方が無理である。

「真ちゃん、誰? 知り合い?」

 案の定、我慢出来なくなったらしい高尾が声を掛けてきたので小さく溜め息を吐いた。そんな俺と高尾を交互に見てから、幸村先輩はゆるりと首を傾げる。

「緑間くんのお友達?」
「違います」
「あ、違うのね」

 彼女問い掛けに間髪入れず否定すると、幸村先輩はくすりと笑った。それに高尾が「ひっでぇ!!」と喚いたがスルーしてやると、そんな高尾の頭をぽんぽんとあやすように叩いて幸村先輩はまた笑った。

「緑間くんのお友達さん、初めまして。三年の幸村篠よ。緑間くん、素直じゃないから大変でしょ?」
「高尾和成でっす! こう見えて真ちゃんの相棒やってんで分かってるんですけどねー、ほんとマジ素直じゃねぇの!」

 けたけたと笑う高尾は一体何が楽しいのか。幸村先輩に友達ではないと否定するタイミングはおろか、高尾の相棒発言を否定するタイミングすら失って溜め息をひとつ。
 そんな俺にふと視線を移した幸村先輩は、ぱちぱちと瞬きを繰り返した後「緑間くん!」と少し大きめな声を上げながらガシリと俺の腕を掴んだ。余りの勢いに「な、んでしょう」と言葉が詰まった俺を意に介すことなく、彼女は言葉を続ける。

「緑間くん、帝光中バスケ部の一軍だったよね」
「えぇ、まぁ……?」
「一軍の子達とまだ連絡とれる?」
「はい」

 状況が掴めない。質問の意図も読み取れない。訝しげにしながらも彼女の問いに答えていけば、幸村先輩は深く息を吸って大きく息を吐いた。短い沈黙が降りる。訳が分からず高尾と顔を見合わせた頃、幸村先輩の小さな声が耳朶に触れる。

「……黄瀬くんに、」
「黄瀬?」
「黄瀬くんに『ストーカーは止めるのだよ』ってメールして」
「…………は?」

 予想だにしない単語の羅列に、俺と高尾の素っ頓狂な声が綺麗に重なった。





2020/01/12
恋と戦争は手段を選ばず

title by.さよならの惑星

 

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