0109

先生。先生。

いつからジェノスはそんな声で俺を呼ぶようになっただろう。
最近のような気もするし、最初からだったような気もする。
先生、ってどんな意味だったっけか。
少なくとも、甘ったるい響きを含むような単語じゃあない。

「…お前さあ、彼女とかいないの?引く手数多ってやつじゃねーの」
「何を言うんですか、先生。俺は狂サイボーグを倒す為に先生に弟子入りしている身であって、そういう相手は必要はありません」
「そういう、って…まあ端的に言えばそうだけど…」

ふーん、と流せばジェノスは何食わぬ顔で洗濯物を畳み出す。

いつの間にかジェノスが家事洗濯を行うようになっていた。
食器だって増えた。
玄関には二足の靴が並んだ。
だからなんだと言われればそれまでの事ばかりだけれど。
着実に増えていく二人暮らしの痕が、少し歯がゆい。
きっと奴は粘着質なタイプだ、絶対。
人工のさらさらした金髪を眺めて、ため息をつきたくなる。
嘘をつくのが大変苦手らしいジェノスが、割りに素知らぬ顔で隠し通そうとしているのが気にくわない。
俺はお前より長く人生やってるんだからな。

「先生」

ジェノスが俺を呼ぶ。
やめろよ。そんな声で、そんな目で人を呼ぶんじゃないって。
何を思ったのか、ジェノスは身を乗り出して無遠慮に俺に近づいた。
すっ、と硬そうな指が胸元に伸びる。
えっ。なに、えっ?

「先生、ポテトチップス落ちてます。…先生?」

ガタタッと勢いよく後ずさったせいでテーブルにぶつかった俺を、きょとんと見上げる。

…やっちまった。

「…どうかしました?先生。」

気のせいだろうか、弟子の声に明るさが混じっている。
絶対気のせいじゃない。
…なにが悲しくてこんなに外堀埋められなきゃならないんだ。
微妙に笑うのを堪えているような顔のジェノスに腹がたって「寝る!」と吐き捨てれば、「おやすみなさい、先生」とやけに甘い声を掛けられた。

…あー!くそー!!



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着実に追い詰められる先生。
意外と押しに弱かったりして
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