※同棲してます



「円堂、一緒に風呂に入らないか」

防寒のために着ていたジャケットを脱ぎ捨て、冷蔵庫の中を覗いていた円堂に鬼道は問いかけた。帰宅したばかりの円堂はぽかんと鬼道のことを眺めていたが、我に返ったように表情を堅くし、さっと手で腰を庇うような仕草をしてみせた。

「…今日は、しないからな」

警戒心丸出しにそう言ったのを聞いて、鬼道は苦笑せざるを得なかった。確かに、昨夜はやりすぎたと思う。昨日は鬼道も多少疲れていて、しかもお互いに結構乗り気だったのも加わって長い上に激しい行為が続いてしまった。そのせいで今朝は、円堂は腰の鈍痛で仕事に向かうのがかなり辛そうだったのだが。
立ち上がって恨みがましそうにこっちを見ている円堂を真っ直ぐに見つめて言った。

「大丈夫だ。今日はしない」
「……ほんとか?」
「ああ」
「………わかっ、た」

渋々といった感じだが、本気で嫌がっているわけではなさそうだ。冷蔵庫からお茶を取り出して喉を潤している円堂を見届けてから、鬼道は一足先に風呂場に向かった。
鬼道が今日円堂を風呂に誘ったのには、ある理由があった。



「お、おお……?」

先に服を脱いで浴室のドアを開けた円堂は思わず立ち止まる。目を瞬いたその先には、いつもと違う風呂場の姿があった。
現在住んでいるマンションはほぼ鬼道が用意してくれたといってもいいものだ。家賃は円堂も払っているが、鬼道家の出している金額に比べたら屁でもない。裕福な彼の家が見立てただけあって浴室も一般的なものよりも広く、大の大人が二人入っても余裕があるくらいはあった。
そんな風呂のバスタブに張られていたのは、ほかほかと湯気を上げるお湯ではなく、縁日の綿飴を連想させるような泡、だった。

「え…え?」
「どうした。早く入れ」

つかえているぞ、と同じく衣服を脱いだ鬼道に背中を押され、半ばよろけるような形で浴室に押し込められる。後ろで鬼道が扉を閉める音を聞いたあと、円堂は鬼道を振り返った。

「……泡風呂ってやつ?」
「それ以外の何に見えるんだ」

腰にタオルを巻いただけの状態で腕を組む鬼道の姿はちょっとシュールだ。内心で笑いがこみ上げるのを堪える。

「なんで泡風呂?」
「俺が買ってきたんだ」
「…なんか、意外だな。鬼道が自分からこういうの買ってくるのって」
「少し興味があっただけだ。子供の頃は使ったことなどなかったからな」

だろうなぁ、と円堂は心の中で頷いた。円堂ですら、小学校の時に母親にせがんで1、2回入ってみただけのものだ。だから、今それを目の前にして少しの驚きを抱いているのだが。

「鬼道も案外子供っぽいところあるんだな!」
「……っ、うるさい」

まさかこの歳になって泡風呂に入るとは思わなかった。鬼道のチョイスには驚かされたが、円堂はぱっと笑ってさっさと体を流し始めた。折角用意してくれたのなら存分に楽しみたい。手早く体を流した円堂は腰にタオルを巻き、泡の中にゆっくり体を沈めていった。

「おお〜…泡だ」
「泡風呂だからな」

とはいっても泡になっているのは浴槽の上の層だけで、その下はただのお湯である。温まるぶんには問題ない。子供の頃の記憶を思い出しながら、円堂はぼうっと、ふわふわと浮かぶ泡を眺めていた。

「いいか」

見上げると、体を流し終えた鬼道が浴槽に入ってくるところだった。一人で広いスペースを使っていた円堂はすいと場所を空け、鬼道が入れる空間を作る。どことなく慎重に身を沈めた鬼道は本当に未知の体験をしているようで、見ていて正直面白かった。

「…全部泡ってわけじゃないんだな」

やっぱり知らなかったようで、思わず円堂は小さく笑ってしまった。それが気に障ったようで、眉根を寄せた鬼道は円堂の頬を抓った。

「いひゃいいひゃい!」
「からかうのも大概にしろ」
「ごめんごめん」

じん、と少し痛む頬を押さえて、円堂は深く息をついた。漂う湯気のおかげで、浴室はほかほかと暖かい。同時に体を包み込むお湯が全身の疲れを取り去ってくれるようで、眠ってしまいそうな心地よさに瞼が重くなった。
そんな円堂の様子を見て、鬼道はこつんと円堂の頭を叩く。

「湯船で寝るなよ」
「わかってるよ…。子供じゃないんだから」

そんなことを言って、円堂が風呂で溺死しかけたのを鬼道はかれこれ3回ほど目にしている。どの時も自分がいたからいいものを、もし自分が見ていないところで溺れかけていたらと思うと、想像するだけでぞっとした。それ以来、個人で入浴するときは鬼道がよく監視している。
どっぷりと浸かりながら、目の前で向かい合う鬼道を改めて見つめる。しっとりと濡れた髪と赤い瞳、水が伝う鎖骨が酷く色っぽい。

(大人っぽいよなぁ……)

自分は童顔だから余計に羨ましく思う。中学時代の仲間に会っても「子供っぽい」「昔と変わらないように見える」だとか、成人した身としては嬉しくない言葉ばかりかけられる。鬼道はそのままのお前でいい、とか言うが、円堂はいつもどこか納得いかない気持ちだった。
じっと見つめられていることに気が付いたのか、鬼道がふっと円堂を見た。

「? どうした」
「んー…、いや、なんでもないっ!」

むかついた、というわけではなかった。ただ急に悪戯心が湧き上がっただけだった。円堂は浮かぶ泡を掬い取り、それをおもむろに鬼道の顔面へ放り投げた。

「えんっ…ぶっ!」
「あはは!鬼道、変な顔!」

泡まみれになっている顔を見て声を上げて笑う円堂。一方の鬼道はわなわなと肩を震わせ、静かに泡を握りしめた。

「っ………この!」
「うわぶっ!?」

お返し、というように思い切り円堂の顔に泡を押しつける。反撃を予想もしていなかった円堂はもろに泡を食らって間抜けな声を出した。だがそれもつかの間。泡を拭った円堂は挑戦的な瞳で鬼道を見据える。鬼道も同じく、天才ゲームメーカーと呼ばれたあの時のような不敵な笑みを見せた。
かくして、文字通り大人げの欠片もない泡合戦が幕を上げたのである。





30分後。大の大人二人が、リビングの床の上にばったりと倒れていた。両方とも顔を赤くしてぱたぱたとうちわを扇いでいる。

「…頭ガンガンする……」
「……羽目を外しすぎたな」
「鬼道がはしゃぎすぎなんだよ」
「熱中しすぎて風呂の中で滑ったお前が言うな」
「うー……」

不服そうに唸っていた円堂だが、ふと思い付いたような顔つきになった。「でもさ、」ゆっくり起きあがりながら、鬼道を見下ろす。

「たまにはこういうのもいいだろ!」

にかっと笑った円堂は、やはり、昔のままだった。一緒にサッカーをして、泣いて、喧嘩もして、それでも結局最後はこの笑顔に負けてきた。そして、勝てないのはこれからもきっと変わらないだろう。勝てなかったからこそ、今ここに、こうして一緒に生きているのだから。
敵わないな、と心の中で呟いて、鬼道も呆れたように微笑んだ。

「やっぱり、買ってきてよかったな」




101226

幸せ鬼円企画に提出します
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