じゃあ、行こうか
幸せなはずの時間も、いずれ終わる事は知っていた。病室から抜け出せない日々。会いたくても会えない空間。
最近、彼の病状が酷く悪化し、せっかく会えるという時間はいつの間にか過ぎていた。今日もあの場所で待っていてくれてたんだろうか。そう思いながら苦しさに耐えていた。
それ同様に静雄も、毎日、あの約束の場所で彼が来るのを待っていたが彼が来ることは無かった。
「今日も来ないか」と悲しい気持ちになりながらピーという音に背を向けた。
静雄も、彼の具合が良くないのだと悟った。もしかしたらもう――
「…行く、しかない」
静雄は小さく牢の鉄パイプを握る。
(アイツに会いに行って、)
(逃げねぇ、と…)
このまま離れ離れで死ぬのはご免だ。
いつでも抜け出すチャンスなどあった。静雄は怪力の持ち主であるから、こんな鉄パイプなんて簡単だった。
しかし、いつもは入口に見張りが居るのだが今日は会議で居ない。
(今しかねぇ)
最愛なる恋人に会いに行けるのは。
この時間しか無い。
ぐにゃり、と鉄パイプを曲げて中から脱出する。周りの奴らは疲れで寝ているから起きてなどは居ない。
静雄はそのまま外に飛び出した。
しとしと、と雨が降っていた。
苦しくて生と死の狭間で、彼は必死に生きようと呼吸を繰り返す。
(まだ、死んじゃ駄目)
(シズちゃんに会いに)
(行かなくちゃ)
暗くなった病室で一人そう思っていると、病室のドアが静かに開かれる音がした。ナース達では無いだろうと、ゆっくりと目を開けると…、
「し、ず…ちゃ?」
そこには今、囚人場に居るはずの恋人が濡れたままやって来てたのだ。
「…苦しい、か?」
「シズちゃ、なん、で…」
「…お前、ここ何日か来てねぇだろ?だから心配になってよ…」
そんな静雄に思わず涙を流しながら、彼は優しく笑みを浮かべた。
「…じゃあお前見たら安心した。俺は帰るな」
このまま帰れば罰があたるのは分かっては居たが、もう見張り達も戻って来ている。そして此処だって、いつナースが起きてもおかしくはないのだ。見つかる前に帰らなければ。そう思って背を向けた静雄の腕を、細い手が拒む。
「このまま戻ったって、罰、受けるん…でしょ?」
「まあ…な」
「その酸素ボンベ外して。あと、そこにある点滴も、」
「おい?」
「互いに戻れないとこ、ま、で来たんだ。もう良いじゃん、自由になった、って」
彼はこのまま病状が治らなければ死ぬだけの話。静雄もこのまま帰れば、死ぬか死ぬほど辛い仕置きがあるか…。
互いにもうお仕舞いに近い。
ならば最期に互い二人で一緒になったって悪くなど無い。
「…昔さ、ここから離れた場所に俺たち、の隠し家があったじゃない?あそこ、行こ」
「……ああ」
静雄は彼に繋がる全ての管を外すと姫抱きにして病室から抜け出した。
次の日。囚人場では囚人が逃亡をしたのと、病室の患者が居なくなったと大騒ぎになった。