幸せとさよなら
窓を見つめると今日も雨だった。三日間会えない時間を埋めようと、彼は手紙を書く。届かないと知っていても。
「…ごほっ」
今日はどうやら体調が悪いらしい。目の前も霞んで来たり、呼吸が上手く出来ず、酸素が体内に入って行かない。
それでも、紙にペンを走らせる。
「折原さん。今日は寝た方が良いですよ、体調も良くないみたいですし」
「この手紙を書いたら、寝ます、から」
また三日後に渡す為に、この手紙だけは書き終えなければ。そう思っていつもよりだいぶ遅くに手紙を書き上げると棚の中にそれをしまう。
「今日は出しに行かないんですか?」
「ええ」
「あ、早く横になってください。あまり無理は禁物ですよ」
「ありがとうございます」
枕に頭を埋めると、小さく呼吸を繰り返す。目の前が霞み、息を絶え絶えだったが窓から外を眺めては悲しそうに目を細める。
今、奴隷決めで労働は辛いんだろうか。
ちゃんと身体を休めているのだろうか。
また痛い思いをしてはいないだろうか。
静雄の事ばかりを心配し、自分自身の心配など一切しない。
(シズちゃん…)
(会いたい、)
いつからこんなにも大きな壁があったのだろうか。民族差別など無意味な事をし、そしてまた何処かで無意味な争いが起こってる。その度に自分達みたいな人間が苦しんでいる。
そう思うと、早く無意味な争いが終わる事を願うしか無かった。
(今も辛いかい?)
(今も戦ってるかい?)
(…今も、俺を想ってるかい?)
二人に幸せの時間というのは今は無い。そして彼ら自身も、静雄はここから生きて出られない事を知っている。彼も生きて出られない事を知っている。二人に残されたのは『死』という一文字だけだ。
それでも無理だと諦めてしまうより、『いつか出られる』と信じる方が幾分楽な気がした。
(いつか、互いの足枷が外れて自由になったら)
(ちゃんとプロポーズしてよね)
ごほ、と咳き込むと酸素を体内に入れようと浅い呼吸を繰り返す。
身体を色々な方向に捻りながら、どの体制が楽なのかを確かめる。
苦しい、
だがそんな事を口にしてられない。静雄はこれ以上に辛いのだ。苦しいのだ。自分だけ弱音を吐いてられないとシーツを強く握る。
(この呼吸が止まる前に、)
(君に、会いに行こう)
(君の呼吸が止まる前に、)
(俺に、会いに来てね)
そして、最期の呼吸が終わったら…二人で幸せになろう。
さよならまで、
さよならまでまだ先。