最近、シズちゃんはキスをする。そうサイケは心の中で呟いた。平和島静雄と同居と呼ぶべきことをしてから一ヶ月は経とうとしている。ここ最近、彼はサイケにキスをする。暇さえあれば。ベッドの中でも、ソファーに座ってても。

だが、

「っ…」
「……サイケ?」

とある日、何故だか分からないがサイケはそのキスを拒むようになった。
平和島静雄がキスをしているのは自分ではなく、『折原臨也』に対してなのだと気付き始めてから。

「…あ。ご…ごめんね」
「いや…」

それが嫉妬だということはまだサイケには分からない。自分は平和島静雄が嫌いになったのか、とか悩むばかりだった。
いつしかそんな日が続いてから平和島静雄自身も、サイケにキスをする事は無くなった。嫌がられたのだ。無理にして嫌われる事はしたくない。

「…シズちゃん元気ない」
「サイケもだろ」
「そうかな?」
「そうだ」
「…シズちゃん、最近、ちゅーして来ないね」
「…キスして欲しいのか?」

そう聞かれてしまうと何も返せない。サイケにとってのキスは自分では無く折原臨也に対してなのだと。平和島静雄にとってのキスは、折原臨也に対しての。
通じ合っている心が何処か不協和音になっている。

「…シズちゃん」
「なんだ?」
「俺ね。シズちゃんにキスされるの凄く好き。…でも、それが臨也くんに対してだと思うと嫌いになるの。…ねえ、これってなあに?」
「…サイケ」

この感情を素直に伝えると、平和島静雄は驚いた顔をしてサイケを見やる。
ベッドの中。互いに向かい合わせ。やけに自分の鼓動が早いのが分かる。

「分かんないけどね、臨也くんが…教えてくれたんだ。たぶん、これが『恋』なんだって」
「サイケ、」
「迷惑?臨也くんじゃないから…臨也くんになったら俺、シズちゃんを愛して良い?なら、頑張って臨也くんになるよ。俺、」
「サイケ!」
「……シズちゃんが好きなのは、臨也くんなんでしょう?」

俺なんかじゃなくて。
『折原臨也』という男なのだと。

平和島静雄はそれに返事する事は出来なかった。当たり前だ。サイケの言っている事に間違いは無いのだから。自分は折原臨也が好きなのであって、キスをするのはただ、自分の空洞を埋め合わせているだけ。
…なんて最低なのだと気付いた。
サイケが拒んでいるのも当たり前だ。自分はサイケをサイケとして見て居ない。『折原臨也』としか見て居なかった。

「良いんだよ。俺は臨也くんの代わりに造られたんだから…だからシズちゃんは俺を臨也くんとして見て良いんだ」
「……」
「勝手に好きになったのは俺だもん。君は何も考えないで。変なこと聞いてごめんね」

――俺、
――臨也くんの代わりで良いから。

バシン!と乾いた音が響いた。そこで平和島静雄は自分がサイケの頬をビンタしたのだと気付いた。
サイケは何も言わない。
馬乗りになっている平和島静雄からみたサイケは酷く弱く見えた。
赤く腫れた頬。

自分は最低だ。
身勝手な感情をサイケにぶつけて、折原臨也が居なくなった心の隙間を良いようにサイケで埋め合わせた。それでいてサイケをビンタした。

「…ごめんね」
「謝んな」
「ごめんね、シズちゃん」
「だから謝んな!」
「ごめんなさい…」

もう一度、自分が拳を振り上げたのだと分かった時には遅い。
サイケの口元は切れ、微かに鼻血が出ている。

「ごめんね。ごめんね…変なこと聞いちゃったから」
「…うるせぇ」
「シズちゃ、」

サイケがもう一度名前を呼ぼうとした時、平和島静雄は部屋から出て行ってしまった。わけも分からなくて、涙が頬を伝う。

(これが、悲しい…ってことかな)

自分はこの為に造られたのだ。平和島静雄が望む事をして悲しませないことを。
しかし、今の発言で彼は機嫌を損ねてしまったようだ。ぶたれた頬が痛いんじゃない、もっと奥の方がジクジク痛み出した。

「ごめんね…」

もうサイケには謝る事しか出来なかった。

「……!あ、れ」

















部屋を出て行った平和島静雄は折原臨也が愛用していたパソコンの前に立っていた。
さっきの行動はさすがに酷かった。サイケは悪くは無いのに二回も殴ったのだ。彼は何処も悪くない。悪いのは全部…――

意味も無くパソコンの電源をつけてみた。サイケが毎日座って眺めているだけのパソコンに。ここで折原臨也は何をしていたのだろうか。死ぬ直後。何を思ってパソコンに向かっていたんだろうか。
アップロードが開始されてから数秒で画面が現れる。意味の分からない英数字が沢山並んでいて何がなんだか分からなかったが、とりあえずエンターを押すと、「移行が完了しました」という文字が現れた。

「移行…?んだそれ」

あまり弄って大変な事になっては嫌なので、電源を切ると折原臨也の部屋のドアが開かれサイケが出てきた。
とりあえず謝ろうと階段を降りてきたサイケに近寄り「ごめん」と言おうとした時だ。

「ははっ、凄くない?俺ってばまだ生きてるよ」

その口調は紛れもなく折原臨也そのものだった。

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