俺の家族は三人兄弟で、上がお兄ちゃんのシズちゃんで社会人。俺はまだ中学生で今年受験生。それでいて一番下の幽は小学二年生。両親はもう離婚していて俺たち三人は母親に引き取られたが離婚した一年経った時に亡くなった。
本当なら父親に預けられるのだが、シズちゃんが「俺が育てる」と言い張ってこの母親と住んでいた小さなアパートで暮らしている。家族分担はしていて、俺が料理や家事専門で、シズちゃんは食料の買い出し、幽は食器を片付けたり出したりとかの手伝いとなってる。
「今日は何買い出しに行けば良いんだ?」
「えっとねえー…今日はハンバーグだから挽き肉とケチャップと玉ねぎかな」
「分かった。お前ら気を付けていけよ」
「分かってるよ。行ってらっしゃい」
「いってらっしゃい」
社会人なシズちゃんの朝は早い。六時半には家を出て行くから、お弁当とか朝ごはんとか作るのに起きるのは早朝だ。
家が狭くて玄関を開けると椅子とかテーブルがあって、すぐ奥にはテレビを見る部屋がひとつ。あとは寝床がひとつあるだけ。
本当なら新しい家を買うつもりだったが、せっかく母親が残した場所を壊すのは申し分ないと今も住んでる。
「じゃあ俺達もご飯食べようか」
「うん」
そしてひとつだけ。
俺はシズちゃんが大好きだ。ブラコンとか呼ばれる類いじゃない。俺はシズちゃんを愛してる。キスだってしたい。抱かれたい。抱き締めてほしい。醜い感情ばかりが渦巻いていて気持ち悪い。
「イザにい」
「ん?」
「ごはん。ごちそうさまでした」
「どういたしまして。顔洗って歯磨いてから着替えてきな」
「わかった」
綺麗にご飯を完食した幽は椅子から飛ぶように下りると、のんびりと洗面台に向かった。
俺はこの家族が大好きだ。
たとえ家が狭くたって狭い分、二人と会う時間がいっぱい。きっと個別の部屋があったらシズちゃんは部屋にこもりっきりだと思うし、幽だって俺は家事の仕事があるから一人ぼっちになる。だからこの狭い空間は、俺たちにとって幸せな場所だった。
「ん?」
ふと台所の上。
見覚えのある黄色の包み箱…。
(あ。シズちゃんのお弁当…)
渡し忘れた…。
「後で会社まで行くしかないか」
中学から近いし、早めに出れば学校に間に合う。
「幽、ごめん。シズちゃんに弁当渡し忘れたから早めに出るよ」
「うん。わかった」
俺も早く着替えようと食器を台所に置いて顔を洗い歯も磨くと、学ランに腕を通す。それからカバンの中にシズちゃんに渡すお弁当を持って髪をとかす。女々しいとか思わないでくれよ、シズちゃんが髪の毛綺麗だって言ってくれたから…ぶつぶつ。
「イザにい。じゅんびできた」
「じゃあ行こ」
「うん」
幽の腕を引いて外に出る。朝はやはり寒い。十分ぐらいで小学校に着き幽を見送る。それから中学に行く道の反対側を少し行くとシズちゃんが勤める会社がある。
はじめて来たけど…でっかいなあ。
(とりあえず受付の人にシズちゃんの名前言えば良いか)
大きなガラスの自動ドアが開くと少しした奥に受付を見つけた。
「あの…すいません」
「なんでしょうか?」
「平和島静雄って人を呼んで欲しいんですけど…」
「はい。少々お待ちください」
ドキドキしながら、電話をし出す受付を見つめてから周りを見渡す。なかなか豪華な感じの会社。シズちゃんてばやるな…。
「ただいま来ますのでお待ちください」
「あ、はい」
受付から少しある場所に椅子があったのでそこに座って待つ事にした。十分ぐらいするといつものスーツ姿に身を包んだシズちゃんが降りて来た。何やら上司も一緒だ。
「臨也。お前、どうしてここに?」
「いや…あのね。お弁当忘れて行ったから届けに来たんだ」
「あぁそっか。悪いな」
「うぅん」
「幽はもう学校か?」
「うん。ここに寄るから早めに出てきちゃった」
「そっか。いつも悪ぃな」
「良いんだよ。シズちゃんは頑張って稼いでね」
分かった、なんて笑うとシズちゃんは「気を付けて学校行けよ」と頭を撫でてから行ってしまう。
「アンタかー静雄の弟ってのは」
「え?あ、はい」
「いやいや。なんつか…似てない、な」
「良く言われます…」
「あ、悪い意味じゃねーんだ。すまんな。つっても静雄の弁当の相手がこんな可愛い弟くんだったとは」
上司の人がまじまじと俺を見つめながら一人で頷いているから「どうかしました?」と声をかける。
「悪いな、いやよ…静雄って会社でもモテる奴なんだが…女性たちは静雄が美味しそうに食べる弁当が誰なのか気にしててな。見るからに栄養重視に可愛い感じの彩りに愛妻弁当だって噂もあったんだぞ?」
「え…あ、そうなんですか」
「それに静雄は良く逆プロポーズを受けるんだが全部断ってんだよ。付き合うのも無し。理由聞いたら、『弟たちが居るから結婚はできないスよ』て笑ってな…良い兄を持ったな」
…弟たちが居る、から。
それってつまり、結婚したいけど俺たちが居るから結婚できないって事だよね。確かにシズちゃんが家から出て行けば食事とかは平気だけど俺、まだ中学だからお金が持てないからシズちゃんが働いたお金じゃないと生きていけない。
「弟想いな兄だよ。二人が成人するのを見たいって笑ってたぞ、これからも静雄の為に弁当作ってくれよ。幸せそうに弁当食べるアイツは見てて嬉しいからな」
「あ、はい…ありがとうございます」
「すまんな引き留めて。気を付けて学校に行くんだぞ」
「はい…」
それってやっぱり、俺たちがいるせいだって話だよね。
シズちゃんにとってやっぱ俺たちって何なんだろう。邪魔者だったりするのかな。
「学校行こ」
今日の夜頃にでも聞いてみよ。
学校から幽と一緒に帰り、それから少しのんびりとしてからシズちゃんの帰りを待つ。
宿題したりなんたりしてると時刻は七時。そろそろ帰ってくるかな。
「ただいま」
「おかえりー」
「おかえり」
二人して顔を出しながらそう言うと、シズちゃんは笑みを浮かべながらもう一度「ただいま」と言った。
それからシズちゃんが買って来た材料でご飯を作る。何度みてもシズちゃんが俺たちを迷惑なんじゃないかって思って仕方ない。
「…臨也?何か元気ねぇな」
「え?あ、そうかな」
ご飯も食べ終わり、幽が寝についた頃。椅子に座りながらお茶を飲んでたシズちゃんがふいにそんな事を言ってきた。
「なんかあったのか?」
「…シズちゃんてさ、本当にこのまま過ごして良いと思う?」
「ん?」
「…シズちゃん、弟が居るからって結婚断ってんでしょ?」
シズちゃん、なんで何も言わないの。
「…俺たちが居るから、結婚出来ないんでしょ…なら俺、高校行かずに働くから。だからシズちゃんは可愛い奥さん見つけてよ」
ねえ、
「俺、シズちゃんの厄介者にはなりたくない」
なんか言ってよ。
分かった、て言ってくれても構わないから。
「臨也」
「……」
「すんげー泣きそうな顔してる」
「…かもね」
だって大好きなシズちゃんと離ればなれになるなんて嫌。でもシズちゃんの幸せを俺たちで奪ってるなんてもっと嫌。
「臨也、俺が好きだろ?」
「うん………ん?」
あれ、今さりげなくこの人凄い質問しなかった?
「あ、え、あっ…ちがっ」
「知ってる。そりゃあ兄弟だしな」
「…ごめん、気持ち悪いよね」
「俺は上司にはそう言ってるが、その言葉の前に大好きつーのが付くんだ」
ん?
つまり『弟たちがいるから結婚しない』の前に…だいす、き。
「大好きな弟たちがいるから結婚できねぇんだよ」
「シズちゃんの兄弟愛は素晴らしい」
「だが手前えはちげぇよ」
「ん?」
「ちゃんと好きだ」
……は?
「あの、ね…シズちゃん。俺がシズちゃんに抱いてる好きな感情はそんな可愛らしいもんじゃないんだよ?」
「だから知ってるっつーの。兄弟でそう思うのはおかしいけどよ…でも俺はお前が好きだ臨也」
「あっ…」
やっぱりカッコイイ。
そしてやっぱりシズちゃんだ。なんでもお見通しなんだね。
「シズちゃん」
「ん?」
「好き、」
この兄弟は俺にとってかけがえのない二人です。
「俺も」
お兄ちゃんと一緒
(イザにい。きのう、シズにいと、ちゅーしてた)
(幽…見てたのか)
幽にイザにぃと言わせたかったのが本音。