あのね、聞いて
次の日は雨だった。病室の窓から見える空は曇りざぁざぁという音が耳に響く。
「折原さん。今日も手紙ですか?」
「えぇ」
ナースは点滴を変えながら、毎日手紙を書いている彼に声をかける。ナースたちには彼が囚人の男に書いてるなど一切知らない。知られてしまえば社会問題になりかねない。
「一体誰に書いてるんです?恋人ですか?」
「はい。遠くにいる恋人です、あの人は今も苦しんでる。俺は早く病気を治してあの人を迎えに行かなくちゃいけないんですよ」
ニッコリとナースに微笑むと彼女は頬を赤くして慌てた様子で病室から出て行った。
「…なんだ折原さん恋人居たんですって」
「えぇ!やっぱりあの手紙、恋人にだったんですか」
ナース室では彼の恋人についての話題で盛り上がっていた。盛り上がっていた…というかは騒いでいた。というのが正しい。
容姿は世でも一番と言いたいほどの美少年だ。ナース達は誰もが彼を狙ってたりしたが、そんな美少年に恋人がいることによってそれは虚しくもできなくなる。
「でも…苦しんでる、て言ってたけど…恋人も病気か何かかしら」
「もっと聞いてきてくださいよー!」
「ええ、恋人の話なんか聞きたくないわよー」
「えー」
そんなこんなでもう一度、彼の恋人について聞きに来たのは新人ナースだ。「失礼します」と言って中に入ると彼はまだ手紙を書いていた。
「あの…折原さん」
「なんですか?」
「ちょっとお話しても良いですか?」
「…少しだけなら」
笑った彼に頬を赤くしながらナースは近くの椅子に座る。
「折原さんの恋人ってどんな人なんですか?」
「…優しい人で、太陽が良く似合う人…ですかね」
「今その人は…?」
「…暗くて寒くて死にたくなるようなところに居るんです。俺なんかより、ずっと辛いところに」
彼女には彼の言葉の行き先が分からない。
彼女たちはあの囚人の場所なんて見たことが無いからこそ、彼の意味が何処なのか理解できやしない。
「すいません、まだ手紙書いてないんで引き取って貰って良いですか?」
「あっ!そ、そうでしたねっ、邪魔してすいませんっ」
「いえいえ。話相手になってくれてありがとうございます、また暇な時には話しかけてください」
そんな言葉に林檎のように真っ赤にさせたナースは大きく返事をして部屋に駆け込んで戻って来た。
「どうだった?」
「かっこよかった!」
「そっちじゃないし」
「いや…なんか、暗くて寒い場所に居るって言ってました…。また暇な時には声かけてくれだって!はー明日も声かけよう…」
「暗くて寒い…」
やはり彼女たちにはその答えは分からなかった。
彼は手紙を書き終えると紙飛行機にして点滴を抜いてこっそり傘を持って病室から抜け出して丘を降りた。
時間ぴったり。
柵の奥には静雄が立っていた。
「雨、やだね」
「紙飛行機飛ばせねーしな。ほら、今日は手渡し」
「うん、はい」
「濡れてねぇとは思うが…」
「ふふ。大丈夫だよ」
静雄にもちろん傘なんて無い。彼は静雄の頬につく泥を手で拭うとゆっくりとその手を握ってきた。
「…臨也、たぶん三日間ぐらい会えねぇ」
「また奴隷決め…?」
「あぁ。俺は入ってねぇから大丈夫だ」
一ヶ月に一回、奴隷決めがある。大抵選ばれるのが民族差別や品良しの奴だ。しかし静雄は労働として元々から選ばれていたから奴隷として行くことは無い。
「そう…だけど、君に会えないと不安だよ」
「悪い…。奴隷決めの時はここら辺にアイツらがうろちょろしてるからよ。安心しろ死なねぇよ」
「うん…」
「お前も体調壊すなよ」
「大丈夫。俺って図太く生きる奴だから」
ピーと終わりを告げる音が響き渡る。静雄は彼にキスをすると「じゃあな」と中に入って行った。
暫く去った後を見つめていると、男の怒鳴る声や悲鳴が轟いた。
(待ってるから、ね)
そう心で呟きながら傘を強く握りしめて丘を上がって行った。
手に持つ紙飛行機を離さないように強く。