ガシャン!とまた何かが壊れる音がした。俺の中でも同じように壊れてく音がしている。不吉だと怒鳴る声がした。髪を引っ張られて床に叩きつけられる。何度も何度も殴られて「アンタなんか居なければ」と怒鳴る声。
自然と涙が出てきた。どうして俺たちはこんなにも酷い仕打ちをしながら生きて行かなくちゃならない。どうして…。
「ママもうやめて!」
「止…(やめて)」
「!クルリ、マイルっ」
「イザにぃをなぐらないで!」
「止…(やめて)」
リビングには泣き出しそうな顔の二人が手を繋いで立って居た。ばか、そんなことしたら――
「アンタたちもうるさいのよ!」
母親が二人に手を振り上げた。
俺は痛む身体を引きずりながら二人を抱きしめて庇うように母親の殴りを受け止めた。
「イザ、にぃっ…!」
「…!」
「いいから。二人は二階に行け。もう降りてくるなよ」
「でもっ!それじゃイザにぃがっ」
「死…(しんじゃう)」
「死なないよ。母さんがこっち見てないうちに行け。早くしろ」
「っ…」
二人は涙しながらリビングを出て行った。それから母親は怒鳴り声をあげながら俺を殴り続け、花瓶や物を投げつけて来た。割れた破片が頬を切り足を切り血や痣が出来る。
(いたい…痛い)
(…シズちゃん)
必死に目を瞑りながらシズちゃんの顔を思い浮かべる。そうしたら何だか痛みも和らぐ気がして。
(会いたい。シズちゃん)
(話したい)
いつの間にか俺の視界は暗転していた。
気が付くと小鳥が鳴いていた。時刻はまだ五時半だった。痛む身体を支えながら風呂場に直行する。暖かいお湯が傷口を痛めたけど息を吐いて全てを洗い流す。それから傷口に絆創膏とか貼って左手首に包帯を巻き直す。制服に着替えて妹たちの弁当を作って…そして俺とマイルたちで家を出る。
学校に着けばいつもどうり。
傷が増えてる、とかそんな噂ばっかりだった。
「大丈夫か臨也」
「ああシズちゃんおはよ。いつもの事だから平気だって」
「昨日より酷くなってるぞ」
「大丈夫だって。シズちゃんは相変わらず心配性だね」
「…あんま無理すんな」
「大丈夫だよ…」
昨日、ずっと望んでたシズちゃんの姿。会いたかった。なんて口には出せないけど内心とても安心している。
「今日も朝、担任に呼ばれてるんじゃなかったっけ?」
「あ、あぁ。じゃあ行くな」
「うん。行ってらっしゃい」
いつもみたくシズちゃんに手を降って見送ると、クラスの女子が俺の周りに集まってきた。ああ、理由なんか分かってる。
「アンタさ、最近、調子乗ってんじゃないの?」
「マジふざけんなよ赤目が」
「彼に心配されたくて手首切ってんの?」
「ふざけんなだよねぇ」
だん!と机が蹴られて目の前に倒れる。クラスがシンとしてもチーマーな女子四人はただ俺を睨みつけてるだけ。
「何か言ったらどう?」
「なに、何も言えねぇの?」
「はははッ!アンタのお口は飾りでしゅかー?」
「ぎゃはははウケる!」
鬱陶しい。
鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい。
耳障りな笑い声。
鬱陶しい。
鬱陶しい…!
「鬱陶しい」
「は?」
「だから、鬱陶しい。俺が嫌ならいちいち突っかかって来るなよ。シズちゃんにろくに告白も出来ない奴が」
「あ?なんだって?」
「マジで死にてぇの?」
「はは、しーね!」
話、ずれてるし。
死ねのコールに女子の人が立ち上がった俺を突き飛ばし足蹴りをしてきた。痛い。ああ…でも母親のに比べたらこんなの弱い方だけど。
「しーね!しーね!」
「早くしーね!ぎゃはははッ」
図星つかれたからって暴力は無いよね。足蹴りをする女子がひとり、クラスの奴らに声をかけてクラスのほぼ全員が物を投げつけたり足蹴りしたり、ストレスを俺で発散していた。昨日出来た傷が何度も殴られて、余計に広がる。
早く終われ。
早く。
早く終われば良い。
「手前ぇら何してんだ!」
誰かの怒鳴り声にクラスはシンとなった。重たい目を開けると誰もが教室の入口の方を見つめていて――そこにはシズちゃんが立っていた。
「おいどけ」
群れの中に割り入ったシズちゃんは、俺を抱き起こすと「大丈夫か?」と声をかけてきた。チーマーな女子は見られた、という顔をして青くなっている。
「臨也、聞こえるか?」
でも…誰しもシズちゃんの方を見て「なんで助けるんだよ」という目線を送ってる。そうだ、俺の傍に居たりしたら彼まで仲間外れにされてしまう。
それだけは嫌だ。
「っ、へーき」
そう言って手を振り払い、俺は教室から飛び出した。
彼の傍に居て彼のお荷物でしか無いなら一緒に居ない方が良い。その方が幸せ。
(ごめん…ごめんね)
切れた口元を拭いながら保健室へと逃げ込んだ。
保健室の先生は何も言わない。「またか」という顔をして作業をしているから俺はいつもみたく一番奥のベッドを使う。ああ、放課後までここに居たら怒られるかな。
給食時。担任がクラスに戻るように言われたが俺は拒否した。
「すいません。具合が悪いんで帰っても良いですか」
「バカ言うな。君は授業を全く出てないみたいじゃないか、いいから五時間目は出なさい」
「…わかりました」
担任も、俺をお荷物みたいな目で見る。大人は皆嫌いだ。
クラスに戻るとそれだけでシンとしている。何もないように自分の椅子に座ると皆冷めたのかため息を吐いたり話題を変えたりする人が殆ど。
でも――
「怪我、平気か?食えるなら飯食えよ」
あんな酷いことしたのに。シズちゃんはいつもと変わらずに俺の机に給食を置く。
どんなに酷いことしても…君は、俺の傍にいてくれるの?
「ごめん…」
「謝んな。ほら冷めねぇうちに食え」
「…うん」
そっとスプーンを持ってスープを口に運ぶ。シズちゃんは笑いながら「よし」なんて言って頭を撫でて来た。こんな優しさに…触れたことなんてない。
「ありがとう…」
「いいって」
それからスープ半分とパン一口に肉を一口を食べて戻した。あまり腹に入らない。殴られたのもあるし元々、小食で食べないくせがあったからこんなに食べたのは久々だ。
今日も自分の価値を探しながら、一日が終わる。