紀田正臣は、池袋の町を歩きながら呆然と恋人の連絡を待って居た。
恋人である帝人は、正臣の過去の話を聞いて顔色ひとつ変えずに聞いてくれた。「もう僕が居るから大丈夫だよ」と笑顔で抱きしめてくれた時は心の底から込み上げる何かに押し潰されそうだった。しかし、帝人は「少し用事があるから、終わったら連絡するから待ってて」と言われて待っているのだが、何故だか嫌な予感がしてならない。彼に何かあった、というよりは彼が何かをした。という予感の方が強くて。

(帝人…お前、何してるんだ…)

携帯を握り閉めたまま歩いていると誰かにぶつかってしまった。

「あ…すいません…て、平和島静雄!?」
「あ?ああ、紀田か」

どうやら相手もボーっとしていたらしく互いに謝ってから正臣は帝人の行方を聞いてみた。

「竜ヶ峰の?いや…見てねぇ」
「そう…っすか」
「お前、ノミ蟲の行方は知ってるか?」
「あいつの…?いえ…知りませんが」
「そうか」

どうやら静雄も臨也の行方を探しているようだ。
そこで二人はピタリと止まった。
帝人と臨也の行方が分からない。もしかしたら二人は…。

「静雄さん」
「…なんか嫌な予感しかしねぇ」
「俺もです」

二人は呆然と立ち尽くしてから同時に駆け出して居た。行く先は――帝人の家だ。



数分すると少しボロいアパートに着いた。正臣と静雄は顔を見合わせて一斉に帝人の家に入ると…そこに広がって居たのは、両手首を縛られる上半身裸の臨也とフライパンを今正に傾けようとしている帝人の姿があった。

「帝人!」
「臨也!」

二人同時に名を呼ぶと二人は気付き、帝人は残念そうな顔をした。

「ああなんだ…来ちゃったのか」
「帝人…お前、何して…」
「何って…臨也さんに油を注ごうかと。揚がっちゃうかもしれないけどね」
「手前え…!」

怒った静雄が帝人を殴りにかかろうとしたとき、そこに臨也の声が遮った。

「…やめてシズちゃん」
「手前…っ!こんなことされて何コイツ庇ってんだよ!」
「違う。帝人くんを殴ったりしたら…正臣くんが可哀想だろ」
「違いますね。貴方は静雄さんが僕を殴ったら僕が彼に何をすると思っているんでしょう?」
図星なのか、臨也の血の気が引いていく。帝人を攻撃すれば今の彼ならば静雄にさえ油を注ぎそうだ。それを恐れた臨也は止めたがどうやら本人には気付かれていたようだ。

「帝人、お前…」
「…正臣を傷つけたこの人が許せない。正臣の過去をボロボロにして、正臣の大切な人が傷ついたのに平然としているこの人が」

完全に帝人の目は優しさの欠片も残ってなどいやしない。正臣は今までこんな彼を見たことが無かった。だからこそ、足がすくんで動けない。あの日みたく――

「おっと」
「ぐああァ!」
「ああすいません。皆さん暴れようとするからフライパンが傾いて」
「っ…あつ、あつい…」
「手前…!」
「静雄さん!」

耐えられなくなった静雄がまた駆け出そうとしたのを、今度は正臣が止めた。

「手前えもあのガキの味方するってか」
「違うっすよ!今、アンタが下手に動いてフライパンが傾いたら下にいるあの人に全部注がれるだけっすよ…」
「…っち、」
「はは。正臣まで臨也さんを庇うの?」

帝人のターゲットが臨也が正臣にうつった。どう反応するのか困っていると帝人はもう一度、フライパンを傾けた。だいぶ多い油が臨也の背中に注がれる。

「ひぎゃあああああぁぁァッ!」

臨也の悲鳴だけが周りを包み、正臣と静雄は軽く息を吐いて見守るしか出来なかった。あまりヘタに帝人を刺激してはならない。正臣にとって臨也は消えて欲しい存在ではあるが、あまりにもこれは悲痛すぎる。

「頼む帝人…こんな帝人はみたくない」
「ごめんね正臣。もう少ししたら終わるから」
「帝人!」
「大丈夫。正臣は僕が守るから」

はっ、はっと息を繰り返す臨也の腹に足蹴りを入れながら冷たい目線で彼を見下ろす。

「もう駄目そうですか?死にそうですか?貴方の大好きな人間にこんな事されて嬉しいですか?」
「やめ、て…帝人くん…」
「今更請うても意味ないですよ。でもまぁ…二人共、やめて欲しいみたいなんでやめてあげますよ」

良かった、と言う顔をした臨也に帝人は残酷に告げた。

「この油を注いだらね」

臨也の目は再び恐怖の色に変わった。このままでは…死ぬ。あんな熱した油を全部注がれてしまった、ら――

「帝人やめろ!」
「臨也!!」

二人が駆け出す。
フライパンが傾く。
そして――

「ひああああああああアあぁァ!」

二人の目の前で、熱した油が臨也の背中へと大量に流れ落ちた。
熱さから逃れる為かゴロゴロと暴れ出した臨也に帝人はただ笑っていた。

「あつっ!あついいいいぃ!あァ!」
「臨也!」

静雄は臨也を抱きしめると背中が真っ赤になっていて皮が爛れていたのが見えた。帝人に怒ることも出来ずに携帯を取り出し友人である新羅へと電話した。

「悪い!早く来てくれ!」

未だに続く臨也の悲鳴の中。帝人は正臣の手を引いて外に出て行った。少しすると帝人の家に首無しライダーと白衣の男が入って行くのが見えた。

「正臣、僕を愛してる?」
「あい…してる」
「あんな僕をみても?本当に愛してるって言える?」
「愛してるよ…でもあんな帝人見たくない」
「分かった。正臣がそう言うなら何もやらないよ」

このままどっか行こうか。という帝人に逆らえぬままに歩き出す。そしてあの事件で臨也が背中に大火傷を負い…死んだと聞かされたのはあれから一週間後だった。

あるのはなんだった?
(後悔と罪悪感と)
(懺悔したって戻れない、あの日)

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