俺はどうやら、シズちゃんが幸せならそれで良かったようだ。彼が彼女と楽しそうに笑うのを見ていると俺まで幸せな気分になってしまう。

シズちゃんとの距離はどんどん離れて行って、部屋に居る時でも彼女と電話していたり、一緒に帰ったりで、とてもお似合いで…俺はそれが憎いわけでも無くて、素直に喜べていた。
彼女と付き合ってから三年。変わらずの生活の中、卒業式が迫っていた。そして…。

「ええ!?彼女に子供が出来たのかい!?」
「ああ」

どうやら、彼女に子供が出来たらしい。嬉しそうに話すシズちゃんに、俺も嬉しくて新羅と一緒に笑う。

「じゃあシズちゃん、パパになるんだね」
「ん、ああ」
「結婚したら、式に呼んでよ」
「分かってる」

結婚したら家を出て行くのかな。
俺も、卒業したら貯めたお金で一人暮らしを始めるつもりだし…。

「本当にめでたいね!あー何か、僕までわくわくして来たっ」
「なんでお前がわくわくするんだ?」
「良いじゃないか別に!」

シズちゃんと彼女と付き合って三年。これからも末永く、暮らして欲しいな。可愛い子供たちに囲まれてさ、笑うシズちゃんなんて、俺は幸せだ。彼が幸せならなんだって良い。

「臨也はどうするんだい?」
「あー、卒業したら一人暮らしするつもり。もう決めてあるし」
「そっかー」

シズちゃんと話す時間は、この日で最後になった。その後はすぐに卒業式に迫って、終わればシズちゃんは家を出る準備をして、最後に交わした言葉は「またな」という三文字。俺もすぐに準備をして、おばさまに挨拶をして家を出た。

やがてシズちゃんから結婚式の招待状が来て、近々に式をあげるみたいだった。

シズちゃんの晴れ着が見れるわけだ。楽しくて仕方なかったのに、俺の隠れた感情が騒ぎ出した。

式当日。シズちゃんは白いタキシードで凄くかっこよくて、彼女もビックリするぐらい綺麗だった。良いお嫁さんを持ったな。なんて思いながらも式は進み、そのあと別の会場に移動するのに、俺は行かなかった。
行けなかった、というのが正しいのかもしれない。遠くで騒ぐ音が聞こえる。このまま帰ろうか悩んでいると隣からドサ、という音が聞こえた。

「なんでこんな場所に居るんだ?」
「あれ。主役が抜け出して良いの?」

草の上に寝そべるようにシズちゃんは座って来た。主役が居なくちゃダメでしょ。

「ま、良いんじゃねーの」
「勝手な夫を持った奥さんは大変だね」
「んだと?」

相変わらずの掛け合い。これっぽっちも変わって何か居ない。変わったのはシズちゃんだけ。

「…なあ、臨也。手前、いつかの時に俺に告白してくれただろ?」
「うん」
「…あの時からは…すまなかった」

はて。
何故シズちゃんが謝るんだろうか。
別にフラレたのなんてどうってことは無かったわけでは無いが、シズちゃんがこうやって幸せならば良かったのだ。
ただ、彼女との間の邪魔だけはしたくはなかっただけで。

「手前ぇのこと、ほったらかしで…」
「何言ってんの。俺はシズちゃんが幸せならなんだって良いよ」
「臨也、」
「俺はね、シズちゃんが全てなんだ。シズちゃんが幸せになれるのならなんだってする。邪魔だと思うなら消えるし、死ねと君が言うなら俺は喜んで死ねる」
「臨也?」

シズちゃんが幸せなら、俺も幸せなんだよ。

「臨也、正気か?」
「いつだって正気だよ。…シズちゃんと一緒に要られて嬉しかった。もう…もう、良いよね」
「おい?」

ずっと昔から、父親によって外には出して貰えない時から誰かを愛する事も出来なかった。ここまで執着して愛せたのもシズちゃんが初めてだと思う。
そして騒ぎ出す感情は「死」だ。家から出られない時からずっと、俺は生きている意味など無かった。いなくなれば良いと思ってた。だけどシズちゃんに執着をしてからは、死んではならないのだと生きて来た。一回…死のうとはしたけど。
生きる糧はいつだってシズちゃんだったんだ。

「もう、居なくなって、良いよね」

俺の存在自体が罪だった。
母を傷つけ、死なせた。父親を殺人にしてしまった。余計…俺は生きてはいけない存在になった。そもそも息をしていること自体が辛かったのだ。シズちゃんと居る時以外は。

「臨也、どうした?」
「ありがとう。これで楽になれる」
「どういう意味だ?」
「俺は生きちゃいけない存在。もう生きる糧を亡くした今…ここに居なくて良いよね?楽になって良いよね?」
「まさか手前…死ぬ、つもりなのか?」

そうだよ。俺は死ぬ。
死んで楽になる。
馬鹿な発想だと笑いたければ笑えば良い。
俺は、今まで大切な人を傷つけ、ここに存在する理由が亡くなったんだ。亡くなってしまったんだ。

「馬鹿じゃねぇのか!?そんなの、俺が許すわけねぇだろ!!」
「じゃあ生きろって言うの?」
「あったりめぇだろ!!」
「君をどんなに想っても報われなくて、生きろという言葉に生きる理由もないのにしがらみに生きろっていうの?苦しいだけの生活を耐えて行くの?ああ、うん。でも君が言うなら生きる。生きるよ」

シズちゃんが言うのは絶対なんだ。生きなくちゃならないのなら、死ぬ程辛くても生きなきゃ。

「臨也…、」
「大丈夫だよ。死なない、君が死ぬなって言うなら俺は生きるよ」

もう一度言えば、シズちゃんは俯いて小さく嗚咽をかきはじめた。

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