春夏秋冬 |
「お前、雪は見た事あるか?」 「ないよ」 小さな子供は言う。 この淡く白い雪を見たことが無いのだと。 それに金髪の男は続けた。 「じゃあ桜は見た事あるか?」 「ないよ」 子供はさっきと同じ返事を返した。 金髪の男はタバコを吸いながら、東京には珍しい雪を眺めている。子供も手を擦り合わせながら白い息を吐く。 誰も居ない夜中の道は酷く静寂で、しとしとと降る雪の音しか聞こえやしない。 「海や紅葉は見た事あるか?」 「ないよ」 似た質問に子供は同じ返事を返すだけ。 だが男は「そうか」と言って子供の頭に手を乗せた。 「…見た事も無い。だっておれ、生まれる前に死んだんだ」 「なんでそのまんま成長してんだろうな」 「なんでだろ?不思議だね」 男は、この子供が死んで居たかどうかは関係無かった。ただ酷く…今日昼間に喧嘩をしていた天敵に似ていて思わず声をかけてしまったのだ。 「何してるんだ」と。 子供は自分が恨む男と同じ瞳を見上げて「空を見てるんだよ」と指をさした。 「なあ。その箱なんだ?」 「これ?オルゴールだよ」 子供は大事そうに持って居た木箱を開けるとオルゴールの音が聞こえて来た。優しくか細い音色。男は聞き入って居た。 「これね。君と同じぐらいのお兄さんから貰ったんだ」 「そうなのか」 「うん…もしそのお兄さんにあったら、『オルゴールありがとう』て言ってくれるかな?」 「ああ、もちろんだ」 「その人…ね。桜も海も紅葉も雪も見た事無かったおれに優しく色々教えてくれたんだ。桜は春に咲いて…小さなピンクの花びらが舞う――」 ――海は季節を通しても見れるものだけど夏の海は冷たくて綺麗だ。紅葉は秋になると葉が紅く色づき落ち葉となる。雪は寒い冬になると触れると水に消える白い結晶。 「そう教えてくれたんだ」 「優しいな」 「うん。大好き、もちろんお兄さんも大好きだよ」 「ありがとよ…」 「……うんっ…あれ、なんだか眠いや」 「そうか…」 目を擦り欠伸をした子供に男は自分の膝に頭を乗せて優しく撫でてやった。すると子供はオルゴールを強く抱いて、ゆっくりと目を閉じ始める。 「あの、ね…おに、…さん。オルゴールをくれ…てね、やさしい、おにい、さんの……名前」 子供は目を閉じながら、小さく呟いた。 「おりはらいざや、て言ってた」 「やあシズちゃん!君は毎回毎回、なあんで必ず俺と会うかなあ?」 「知らねぇよ。会いたくねぇのはこっちもだ」 天下の公道と呼ぶべき池袋の街中で折原臨也と平和島静雄は相変わらずにいがみ合っていた。それに変わらずに周りのものは逃げ出して彼ら二人に近付こうとはしない。 しかし、だ。 臨也は不思議そうに眉を寄せて静雄を見ていた。変わらないのは街中だけ。明らかに静雄の雰囲気が違う。いつもなら自分の顔を見ただけで殴りかかるか殴りつけるかする男が、今は珍しくタバコを吸っているだけだ。 「……君、変だよ」 「そーかもな」 「まあいいや。ちょっとつまんないけど、大人しく帰れるならここは退散しようかな」 「……臨也」 静雄から背を背けようとした臨也に、静雄は名前を呼び振り返った瞬間に木箱を彼に投げつけた。 「オルゴールありがとう、だとよ」 「……あ、…はは。そう…そうか、なんだそういう事か」 木箱を見つめた臨也はやっと状況を理解した。彼は自分にこのオルゴールを返すが為に現れ…そしてたぶんあの子供から色々聞いたのだろう。だから様子がおかしかったのだと気付いた。 「…あの子、逝ったのかい?」 「ああ」 「そうか…桜や海や紅葉も…まだみしてあげれてないのにな」 「そうだな」 「あ」 空を見上げると、今朝止んだはずの雪がまた降りだして街を白く染める。綺麗なはずの雪も今は酷く悲しく、そして冷たい。 「でもま、どっかで見てるだろ」 「そうだね。次は桜の時期だ」 ――桜はピンクの花びらを舞わせる。 ――海は一年中見れるが夏が綺麗。 ――紅葉は葉が色づき落ち葉となる。 ――雪は、 「触れると水に消える白い結晶」 「……ああ。そうだな」 「…また季節が巡ればあの子は思うんだろうね。春になれば桜を…て」 「ああ、」 「シズちゃん」 「なんだ?」 「今日は休戦して…寒いから鍋でもどう?」 「ま、有りだな」 あの小さな子供は自分に酷く似ていた気がして思わず声をかけてしまったんだ。 「何してるの?」 「空を見てるんだよ」 春夏秋冬。 季節は巡る。 今貴方は、空を見上げては思い出していますか? |