学校というのはあっという間に放課後になった。
その日は新羅と門田くんと別れて家路を辿った。シズちゃんは少し心配そうに「大丈夫か?」と聞いたけど俺は大丈夫だと返した。

シズちゃんが居るのだ。心強い。何も恐れるものなんか無い。

「まあ…なんかあったらすぐ言えよ」
「うん。頼りにしてるよ」
「おう」

今は何も無い。普通に勉強は出来るし、ただ少し交友関係が定まらない感じなだけで。
たまに話しかけてはくれるが、必要最低限しか喋れないのですぐに会話が途絶えてしまう。入学初日で「アイツは無口な奴だ」と少し悪い印象を持たせてしまった。
まあ深くは気にしない。

日が暮れ始め、そろそろ夜になる時間に俺たちは家に着いた。

「ただいまー」
「ただいま」

靴を脱いでから自分たちの部屋に向かい、制服を脱いで部屋着に着替える。それからリビングに行く前に洗面所で手洗いうがいを済ませ、そしてリビングに入る。
こんなやり方も今では日常に溶け込んで来た。

「お帰りなさい。学校はどうだった?」
「あ…はい。楽しかったです」
「そう!それは良かったわ!今日はお祝いがてらに何かいっぱい作ろうかしら!」
「い、いえ!わざわざそんな…申し訳ないです…」
「そんな事ないわよ!おばさん頑張るからちょっと待っててねー」

エプロンをきつく結び直すとまたキッチンに向かって料理を始めた。

「まぁ、ああいうんだし、良いじゃねーのか?ご馳走なら俺も嬉しいしな」
「シズちゃん…」
「兄さん、臨也さん、お帰りなさい。帰りにプリン買って来たけど食べる?」
「おう貰う」
「あ…じゃあ俺も…」

幽くんは相変わらず眉ひとつ動かさない表情でプリンを両手に持ってやって来た。俺は幽くんの感情なんて無表情だから分からないけどシズちゃんはすぐに気付いて「今日は嫌な事でもあったか?」なんて心配をしていた。さすが兄弟。

「そういえば臨也さん。さっき玄関で男の人が居て『ここに折原臨也ていう男は居ないか』て聞かれたんだ」

男の人…?
俺なんか探してるなんて一体……。

…いや……まさ、か。

「…父さ、ん…?」
「うん。『臨也の父ですが』て言ってた」

ああどうしよう。
もし見つかりでもしたら、あの家に戻されてしまう。
そんなの絶対に嫌だ…!

「なんて返したんだ?」

シズちゃんは神妙にそう幽くんに聞いた。

「居ないって答えたよ。折原臨也は居ないって。だってここに居るのは平和島臨也…なんでしょ?」

そう返事をした幽くんはおばさまの方を向いた。さっきの会話を聞いていたのか、眉を八の字にさせて頷いた。

「そうよ。ここに居るのは平和島臨也っていう大事な私の子だけ。折原臨也なんて居ないわ。心配しないで、絶対におばさんたちが守ってあげるから」

俺はこの人たちに、どれだけ感謝したら良いんだろう。何でこの恩を返したら良いんだろう。

「良い?絶対に『自分が家に帰った方が安全だ』とか考えちゃ駄目よ。それは私達への親不孝ですからね!イザくん」
「……はいっ…」
「さぁて!せっかくのお祝いなんだから、そんな暗い顔しちゃ駄目よ!!ご飯出来るから座って座ってー」

何度も言い聞かせて来た。
ここが自分の家だと。だけどやっぱり頭の隅では本当に自分はここに居て良いんだろうかと思っていた。
だけどこの家族は皆、俺を本当の家族だと思ってくれる。おばさまも、おじさまも、幽くんも、そしてシズちゃんも。
皆が俺を家族の一員だと思ってくれて居るんだ。だから俺もこれっきりで悩むのは止めよう。
ここが俺の帰るべき場所で存在するべき場所なんだ。

「ありがとう…ございます」

いつか必ず、このご恩を返したい。何に変えてでも。

「ほらほら!暗い顔しないで!せっかくのご馳走が不味くなっちゃうわ!」
「お、うっまそー」
「美味しそう」
「お父さんより先に頂いちゃいましょうか!」

次々に並ぶ料理はどれもこれも美味しそうでいつもより豪勢だった。ちょっとお高い感じのステーキや色とりどりの野菜などどれもこれも美味しそうなものばかりだった。
おばさまの作る料理は美味しくて温かくて大好きだ。

「じゃあかんぱーい!」
「かんぱーい」
「乾杯」
「か、かんぱ、い」

お酒と子供用シャンパンを注いだグラスを音を鳴らしながら乾杯を交わすと俺たちはご飯を頬張りはじめた。

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