次の日も。
また次の日も。
同じ日々の繰り返しがやってくる。外に出しては貰えない。外に繋がるものが近くには無い。逃げたくても逃げられない。まるでこの部屋は小さな箱庭みたいだ。
外をチラリと覗くと今日は雨が降っている。クルリ達、傘持って行ったかなあ…。
下では母親が親友とお茶を飲みながら話をしているみたいだ。

今なら。

今なら逃げれるだろうか。

母親は話に夢中で気付かないだろうし、父親も妹たちも居ない。逃げるチャンスは今しか無いだろう。

(……行こう)

これ以上ここに居たら、自分の気がおかしくなりそうだ。お金なら父親に渡された金がある。

そうと決めた俺は実行に移す為に少し大きめの手提げに財布とタオルやちょっとした衣類を詰めて気づかれぬように部屋を出る。一階につくとリビングから笑い声が聞こえて来た。このままなら気付かないだろう。そう思って玄関に行こうとしたとき。

「全く、静雄くんも大人になっちゃったわねぇ」
「ええ。お陰様で」
「まだまだ子供よぉ」

(……静雄…?)

母親とおばさんと、もう一人若い男の声がした。母さんの親友て…平和島さんのおばさま…?じゃあ、今の声って…。

路線変更だ。足は勝手にリビングへ向かい、その扉を勢い良く開けるとそこには母親とおばさまと…小学校以来の初恋の人が座って居た。

「臨也!アナタ、部屋に居なさいって…あらやだ、この荷物何?」
「うそ…シズちゃん?シズちゃんなの?」
「……臨也…?」

ああ。俺の名前…覚えててくれたんだね。
母親が肩を掴み部屋に戻そうとしたけど、今はシズちゃんの顔をみたい。小学校のときにいっぱい遊んだ…平和島静雄を…。

高校生になった彼は、もう小学校の時の面影はそんな無くて。茶髪だった髪も今では少し傷んだ金髪で、もうアイドルになれるんじゃないかと思うぐらいに輪郭は整いキリッとした目付き。男らしくなったもんだよね。

「アンタまさか、家出しようとしてたの?やだ、信じらんない!早く部屋に戻りなさい」
「やっ…」

待って。待って、シズちゃんに会わせてよ。少しでも良いからお話、させて…。

「イザくん?あらやだわー、こんなに大きくなっちゃって。別に追い出さなくて良いじゃない。静雄と久々にお話してあげてよ」

そうおばさまが言うと、さすがに母親は何も言い返せ無くて俺たちはソファーに座り母親たちは椅子に座ってお喋りしていた。

しかし参った。何を話せば良いのか分からない。小学校のときに突然音信不通になったのだ。今更なにをどうすれば良いのか…。

「はじめ見た時わかんなかった」
「…うん俺も。髪染めたんだ?」
「あ?あぁ…まあ」
「そっか。しず…おくんは、今学校どこ行ってるの?」
「やめろよ静雄くんって。前のまんまで良い」
「はは、じゃあシズちゃん」

久々にその呼び名聞いた。と笑う彼に俺は心に空いた穴が満たされて行く感じがした。
そこから今までどうしてたか、とかそんな話をペラペラ喋って居た。
彼なら受け入れてくれる気がして母親には聞こえない声で俺の状況も全て話した。シズちゃんは何も言わずにただ頷いていてくれるだけで。

「そうか…だから中学ン時来なかったのか。ずっと俺と一緒が嫌なのかと思ってた」
「そんな…!出来ることならずっと、ずっと一緒に居たいよ」

思わぬ告白に、自分でも何言ってるんだろうと思った。それでももうこの日を境にシズちゃんとは会えないなら、良いかなとさえ思ってしまう。

「ああ俺も。また必ず会いに来るからよ。平日なら父親も居ないんだろう?」
「うん。でもシズちゃん学校でしょ?それに母さんが許すかどうか…」
「じゃあ母親連れてくりゃ良い」
「おばさまに悪いよ…!」
「良いんだよ。…母親も、おばさんの事には気付いてる」

週一ぐらいしか会えないそうだが、それだけでも俺は嬉しかった。週一で大好きな彼に会える。またこんな風にお話出来る。

「ありがとうシズちゃん」
「おぅ」

この日をもって、俺の退屈な時間は別れを告げる。

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