望んでた、そう、望んでいた



「……ん、」

小さく唸りながら臨也は目を覚ました。瞬時に理解したのはここがベッドの上だということ。それと良い香りがすることだった。まだ朦朧とする頭に耐えながら上半身だけを起こすと青いブレザーが目に入った。布団の上に見知らぬブレザーがある。自分は学ランだしブレザーなんて着ない。誰のだろうと目を細めながら見つめていると白いカーテンが開いた。

「……大丈夫か?」
「え、あ、あ、はい」

そこに居たのは確かに平和島静雄だった。止まっていた機能が動き出す。周りを見てみると保健室のようだった。

「あ、の…」
「ああ、お前、ベランダに血だらけで倒れてたからここまで運んで来た」
「あ、す、すいません。わざわざ…」
「いや気にすんな」

静雄は近くにあった椅子に座ると、息を吐いてそこから黙った。何か話すことは無いだろうかと思考を巡らせて見ても話題なんてひとつも浮かばない。
やけに動機が早くて死んでしまいそうだ。
せっかく滅多に無いチャンスなのだから何か話さなくてはと思っているのに焦れば焦るほど思考は上手く回ってくれない。

「…なあ、折原」
「え、あ…なんで俺の名前…」
「あー…まあ、人気者だしなお前」

それは別の意味では無いのだろうか。彼なりのフォローのつもりだったみたいだが。
それでも名前を覚えられていたなんて嬉しい限りだ。

「あの…それで」
「ん?ああ、お前、いつも東校舎の四階の音楽室に居るだろ」
「え…あ、はい」
「やっぱそうか。良く空見ると見つけるんだ」

知らない間に、彼は自分を見つけてくれて居た。それが何よりもの幸せだった。一階上の階を良く見れたものだが、そんなことより知っていたことのが嬉しい。

「あ、あの、あの…その…」
「ん?」

目を泳がせながら瞬きを繰り返す。顔も真っ赤に違いない。

「あ、あ…いえ、ごめんなさい」
「面白い奴だな。良くクラスに居る生徒会の奴らがお前の話をしているの聞いて、もっと悪い奴なのかと思ってたんだがな」

全然悪そうじゃない。
そう笑う静雄に、さらに真っ赤にさせた臨也は彼から顔を背けた。それと同時に胸がチクリと痛んだ。彼は悪い奴と見てくれて居ないのは幸いだが、本当は悪人と呼ぶべき存在だった。中学からヤクザとつるんで人を貶めたり情報を与えてやったりして、最悪な形にさせるだとか悪事ばかり働いていた。
そんな自分を知ったら静雄はきっと嫌いになってしまうのだろう。

「ところで…お前、誰にやられた?」
「え?」
「これ、お前がやったんじゃないんだろ?それに誰かと取っ組み合いになるのを見た」
「……」

もしかして、もしかして、自分の自惚れでなければ、彼が自分と上級生の取っ組み合いを見て音楽室に来てくれたのでは無いだろうか。だから静雄がここまで運んで来てくれたのではないだろうか。
自惚れだといいな、なんて思いながらも首を左右にふった。

「…言いたく無いなら良いんだ。けどよ、あんまり一人で抱えるなよ」
「はい、ありがとうございます」

嬉しくて笑顔になると静雄も安心したのか笑うと臨也の頭を撫でた。そんな幸せの時間が最悪な形で崩れた。

「折原臨也、ちょっと話がある」

カーテンを割って入って来たのは校長だ。

「お前、学校にナイフを持って来て何するつもりだったんだ。生徒会の奴がひとり、お前にナイフで切りつけられたって言ってたが…どういうことだ?」

ナイフを持って居たのは認めよう。だが決して切りつけたりはしていない。たぶん怪我を負わせた上級生の仕業だろうが、切りつけたりは何があってもしてないはずだ。切りつける前に腕は捕まれてしまったし。…無意識にならあるかもしれない。押された時の拍子にナイフが手前に引いたのでそれで腕を傷つけたのかもしれない。

「いい加減にしろ!お前は何がしたいんだ!えぇ?治安を悪くしたいのか?ナイフなんて危ないものなんか持って、」
「……」
「全く、こんなクズが居るから来神学園は評判が悪くなるんだ。早く始末したいものを…」

退学にさせられないのは来神学園では一年生には退学をさせられないのだ。二年からは退学処分を出来るのだが、一年である臨也には退学処分を下せない。

「二年に上がれると思うな、授業をサボっているならいっそ来なくて良いぞ。クズが居なくなると清々する」

この校長こそが学校の治安を悪くしているのでは無いのか、と舌打ちしたくなるが二年に上がれなくなるのは避けたい。学校に来ているのは静雄を見るためだ。それに家に帰れば母親が愛人と一緒に居るはずだ。愛人の男は臨也にも手を出してくるので家にはいたくない。

「……校長先生。折原はナイフで切ってなんかない」

今の今まで黙っていた静雄が、冷静に校長を見つめていた。

「俺は見た。コイツが誰かと取っ組み合いしてんの。たぶんそいつが折原を押してガラスぶち破ったんだ」
「平和島、お前もこんな奴とつるむのはやめなさい。ろくな奴にならない」
「おい、話を…」
「とりあえず折原。明日また聞きにくる」

校長は静雄の話を聞き入れずにその場から立ち去った。舌打ちをした静雄に小さく笑った。

「何笑ってんだ」
「あ、すいません…なんか、嬉しくって。俺に味方するやつなんか居なかったので…」

庇ってくれた静雄に、心から嬉しかった。
明日、校長の説教が嫌だな、と思いながらも暫くの甘美の時間に溺れることにした。



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