トライアングル



白い空間には慣れた。もう何年もこの箱庭にいて、偽りの自分であり続けた。両親の前では偽善者ぶっていた。
そんな箱庭に来客がやってきた。顔に刺青を入れた男と、そして美しい青年が。

「いい加減、羽ばたけよ」

男は一言、そう言った。
羽ばたくことなど忘れてしまった。いつまでたっても篭から羽ばたけなくてうじうじしているだけ。

「もう、病気は治ってんだろ?」

何故知ってるんだ、と声に出そうとしてやめた。友人のまた友人が来たときだって、わざわざ演じてやっていたというのに、両親が来ても医師が来ても、ずっと演じ続けていたのに、何故知っているのだろう。
もうとっくに、精神的病は治っていたのだ。

「…折原臨也、て知ってんだろ?あんたが好きだった少年くんだ」
「……」
「君の両親がよ、折原臨也を殺してくれって頼んできたんだ」
「…!」

殺し屋に、もう頼んであるのだと男は見下したままに告げた。
そして最後に、小さく呟いた。

「助けたけりゃ、抜け出してみろよ」

それだけを伝えると二人は病室から出て行った。何故、彼らは依頼された側なのに助けようとさせるのだろう。助けてしまえばただの詐欺じゃないか。

そんな事を考えながら空を見た。ここから見る世界はちっぽけで、何も残らない。
両親は、精神的病にかからせた折原臨也を許さなかったのだろう。同時に、勝手にそんな依頼をした両親を、彼は許せなかった。


―――羽ばたけよ


先ほどの男の声が何度も頭に反響する。このままうじうじしていれば、また彼とすれ違いになる。また彼を泣かせてしまう。
そんなのはもう嫌だ、と彼は駆け出した。小さな鳥かごから、羽ばたいてみせたのだ。












臨也の頭は混乱していた。また同様に、静雄も混乱していた。病院にいるはずの彼が何故、こんな場所にいるのか、わからなかった。

「臨也…臨也、辛い思いさせて悪かった。お前は何も悪くねぇんだ」
「いや、いやああああああああ、あ、聞きたくない、聞きたくない!」
「臨也!」

近付いてくる男に耳を塞ぐ。頭を左右にふり、彼を頭から消そうとする。しかし男は一声、臨也の名前を呼んで肩を押さえた。

「臨也、聞いてくれ。俺の顔なんてみたくないだろうが、聞いてくれ」

静雄は黙って男をみた。
確か、彼は精神的病があるはず。臨也と同じように。なのに何故平気で外に出ているのか…。そんな疑問をかき消す言葉が、彼の口から紡がれた。

「もう、俺の病気は治ってんだ」
「…え…」

まるで一時停止でもしたかのように、臨也は叫ぶのをやめた。そしてゆっくりと顔をあげ、はじめて彼の顔をみた。もう忘れてしまったはずの顔がそこにはいた。

「…な、んで…」
「悪い。お前が俺に刃物を突き上げたのは…教室でお前の事を散々に言ったからだろ?」
「……」
「ちげぇんだ。あれは…お前と付き合うのがバレて、男同士なんて気持ちわりぃって言われたから、言い訳をしたんだ。だからわざとあんな事を言ったんだ…馬鹿みたいだろ」

つまり、彼は友人たちに臨也と付き合っているのがバレてしまい、その友人たちの言い訳の為に、玩具だのなんだの、わざと臨也の悪口を言った、ということになる。

「本当はお前を愛してたんだ」
「じゃあ…なんで言ってくれなかったの…?なんで、一言言ってくれなかったの…?」
「言おうとした時に…お前と、あんな事になって…」

互いのすれ違いから、亀裂が割れてしまったのだろう。本当は互いに、愛して合っていたというのに。

「で…なんで…ここに?」
「俺の両親が、ヤクザにお前を殺すように依頼したって聞いて駆けつけた」
「…な、んて、無茶…してんの…」

ポロポロと流れる大きな涙。それが滝のように流れ出した。男は優しく臨也を抱きしめて、自分も静かに泣いていた。

静雄は、そんな光景に胸がズキズキと痛み出した。臨也を殺すように頼んだのは、臨也の元恋人の両親だったのか。見事なぐらいにトライアングルが完成していた。
噛み合った歯車。
この感情に名前をつけてしまったらきっと、自分は生きていけないと静雄は静かに思った。



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