噛み合い始めた関係
(静雄が酷い)
父親は、ヤクザの一員で、物騒なものに良く手を出していた。警察にバレれば即刑務所行きなことを、平気でやっていた。
ヤクザは命知らずだ。
だから父親は、敵対していたヤクザ一味に殺された。母親も自殺。残った二人の息子は、人生を投げ出して「殺し屋」という職業になった。警察に捕まって死刑にされたって良い。それほど、人生に飽きてしまっていた。
そんな彼に、一人の依頼人がやってきた。
相手は顔に刺青のあるヤクザだ。煙草を吸いながら、テーブルに投げられた写真。
「名は折原臨也。コイツを始末してくれ」
「……」
「アンタと同じ学校の後輩だろ?いつもみてぇに親しくなってから絶望に陥れるやり方でもいいぜ?」
「……そんな事はしてない」
「してんだろ?まあいーわ、自分のやりたいように殺してくれや。静雄くん」
写真に映る折原臨也という男に、これといって感情は沸き上がらなかった。いつもの事だが、静雄は写真を貰わずに、無言で男の前から立ち去った。
悲劇の歯車が 噛み合い始める。
「なんだか…すいません。俺なんかの為にわざわざ…」
「いーんだ。気にすんな」
静雄と臨也は、次の日からは二人で登校するようになり、いつでも二人で居るようになっていた。周りの奴は、似合わない組み合わせだとコソコソ噂していたが、二人にとってはどうでも良かった。
生徒会からの嫌がらせは最近は無く、平穏な日々を送っていた。
「あ」
「え?」
「いや、電話だ。ちょっと悪いな」
「いえ」
携帯がバイブし、静雄はディスプレイに写し出された相手の名前を見て、眉を寄せた。そっとペアボタンを押して耳に押し当てると、依頼人の声がする。
『よー、静雄くん』
「…何の用すか」
『手こずってるみてぇじゃねぇの。なに、相手に惚れたりでもしたか?』
「違いますよ」
臨也には聞こえぬよう、距離を取るとため息を吐いた。
『まあ良いけどよ。早めに始末してくれ、期限は一週間ってとこか』
「…俺の勝手だろ」
『そうは言われてもよ、依頼人がうるせぇーんだよ。早く殺せってよ』
依頼人が誰なのか静雄は知らない。ただ臨也を殺してくれとしか言われないからだ。
「…そうっすか」
『んじゃ、頼んだわ。良心に浸るのも今だけにしとけよ』
ぷつん、と一方的に切られ、小さく息を吐きながら臨也の元に戻る。
「何か…用事でした?」
「ん?あー…いや、別に。大した事じゃねーから」
「そ、そうですか」
ニコリと笑った顔。いつしかその顔が恐怖に変わってしまうんだろう。よくよく思えば臨也はヤクザ絡みだ。早々に始末するのが最善だろう。
…しかしどうも、手を出せなかった。
臨也の過去を知り、これでまた、自分が裏切れば、彼はどんな顔をするんだろう。そんな顔をさせる前に、殺してしまうのが良いかもしれない。
「……折原」
「はい。なんでしょう」
「昼休み、準備室にしねぇか?あそこ、誰も出入りしてねぇからさ」
「全然大丈夫です」
殺すタイミングは、いくつもあった。ヤクザと手を組むくせに隙だらけだと思いつつ、隠し持つナイフを使った事はない。
「そういえば先輩」
「ん?」
「生徒会の、上級生の親ってヤクザ絡みらしいんですよね。だから俺のとこにAV会社の奴らが来たりしたんです。でもあいつの親…過去にヤクザの男をひとり、暗殺したらしいです」
物騒な話をするもんだと思いながらも、臨也はいい情報を持ち合わせている。
「そのヤクザ、母親は自殺して、その息子は殺し屋として生きてるって聞いたんです。良い脅しネタになりますよね」
母親は自殺。
息子は殺し屋。
「…名前は聞いたか?」
「え?聞いてないですよ。俺はあまり深く関わりたく無かったんで」
「…そうか。あんま無理すんなよ」
「はい」
話が本当だとしたら、父親を殺したのは上級生の父親。怒りや憎しみが込み上げてきた。ヤクザ相手だから仕方ないとは言え、まだまだのうのうと生きている奴らが憎い。
「……先輩?」
「あ、いや、なんでもねぇ」
ここまで臨也は知っている。
ならば自分の正体がバレるのも、時間の問題だろう。
「なんでも、ねぇんだ」
静雄は早々に始末することを決意した。そして、他に始末すべきものも。
「と、父さんんんん!!」
「や、や、やめてくれ!!息子だけは助けてくれえ!!」
無様な姿だ。意気揚々と父親を殺した相手は、地に這いつくばるようにして踏まれ続けている。腕にいる男の首にはナイフ。
「アンタだったんだな、父親を殺したってのは」
「ひ、ひいいいいいッ」
「同じ目に遭わせてやるよ」
「な、なら、俺だけで充分だろ!!む、息子は悪くないはずだ!!」
「この現場を見たんだぞ?生きて帰せるわけがないだろ」
酷いやり方だと思った。でももう後戻りは出来ない。
「う、ううううあああああああああああああああああああああッ!!!!」
血を見たのも久々だ。
もういい加減、人生に終止符を打つ時が来たと感じながら、静雄は静かにその場を立ち去った。