依存



悪かった、
助けてくれ、
何度も飽和する感情やらが渦巻く中で、折原臨也はナイフを振り上げた。大切な友人でさえ傷付けた自分に後悔などない。


酸が 溶け て ゆく。







折原臨也は久々に授業を受けていた。腹部の怪我も回復し、まだ完治というわけでは無いが歩けるぐらいには回復出来ていた。
そんな臨也だが、何故授業を受ける気になったというと簡単だ。退院時に静雄から授業を受けるように言われたからだ。少しは真面目になれば、生徒会は手を出せないということで臨也はきちんと黒板と向かっている。

(俺を刺した人…確かに、きょう兄さんだった)

黒板を見つめながら、この傷を負わせた相手の顔を浮かべる。"きょう兄さん"とは、臨也が信頼する従兄弟のことだ。唯一信じられる大人だった。
なのに、彼は裏切った。
結局は醜い大人たちと同じだった。

(だから大人は嫌いだ)
(人間、信じられないことばかり)

大人だけだと特定は出来ない。むしろ人間そのものが裏切りの塊だ。信じたはずなのに口だけだ。"友達"だとか、"愛情"だとか。全部全部が…偽りでしか無かった。
なのに臨也は人類を愛している。大人たちは嫌いだけど。でも愛そうと、している。

(矛盾だ…矛盾ばかりだ)

好きなのに嫌い。
本当の愛なんて教わった事などない。教わったのは偽善を装う姿だけ。

「折原くんって、カッコイイけど何か怖いよね…」
「だよなあ…つか、刺されたってマジかな?」
「ヤクザとつるんでるらしいし…」
「うわー…こわい」

クラスに居たら居たで、相変わらずそんな陰口。ヤクザとつるんでいるのも本当だし、怖がられようが関係など無かった。
ただ…、

「あ。平和島先輩だ」

心配してか、昼休みになるとクラスに来てくれる静雄がいればもう何だって良かった。

「こんにちは、先輩。いつもありがとうございます」
「いや良いんだ。今日は天気いーしよ、屋上行くか」
「はいっ」

笑顔で答えると、周りはもちろん不思議そうに二人を見た。似合わない組み合わせだとでも思っているに違いない。
静雄は優等生の分類に入るだろうし、臨也は不良の分類に入るであろう。そんな二人が仲良く昼ごはんなんて誰も想像出来なかったと思う。

「傷の方は大丈夫か?」
「あ、はい、大丈夫です」

二人は他愛の無い会話をしながら屋上へ行くと、そこに待ってたかのように生徒会メンバーが立っていた。

「……おい折原。最近、きちんと授業受けてるみてぇじゃねーか」

生徒会の一人が蔑むように笑っている。

「そうだよ、だから君たちに用事は無いはずだよね?」
「はあ?ふざけてんなよ折原ァ、ここ何日か出たぐらいで優等生気取ってんな」

気取ってなど居ない、と目を細めたが相手はそれを見てみぬふりをしたまま、ニヤニヤと笑って腕を大きく広げた。

「なあ折原、手前ぇ、中学ん時に親友をナイフで傷つけたんだってなァ?」
「…………」
「裏切られた腹いせに、助けてー、悪かったからー、て乞う親友に構わずナイフで傷つけたって」

図星だ。
臨也の手に汗が滲む。
一番醜い自分が犯した罪を、何故彼らが知っているのだろう。

「何故知ってるかって?その親友さんがよー教えてくれたんだよなあ。"病院"でな」

――――どくん、

鼓動が騒ぎ出した。
"病院"で、?

「な、んで…その、病院知って…」
「たまたま、俺の知り合いだったんだよ。最近会ってないからどうしたものかと連絡したら、"病院"にいるってさあ…世間は狭いねえ」

みるみる臨也の顔が青くなっていく。さすがの静雄も声をかけようかと、手を伸ばした時――――絶叫した。






「ぃやああああアアアアあああアアッ」





絶叫したのは臨也だ。
何故、何故?と戸惑っているのは静雄だけではない。生徒会たちも驚いた顔をしている。
何故いきなり叫んだのか。
頭を抱えてしゃがみ込んだ臨也に、静雄は慌てて近くに寄った。

「おい!大丈夫か!?」
「ぃや、あ、アアアアああッ!」
「折原!」
「は、あ…あっ…」

息を浅く繰り返し、体に酸素を取り込む。
そしてやがて落ち着いた時、臨也の手に握られていたのはナイフだ。

「殺してやる、どうせアンタらだって聞いたんだろ?"病院"で、俺のこと全部。なら消してやるよ」
「待て折原!意味がわからねぇが、とりあえず落ち着け!!」

静雄は肩を押さえて、臨也を止めた。何が起こっているのか此処にいる全体が理解していないのだ。
"病院"というワードで叫び散らした挙げ句にナイフを向ける。その親友との事件で臨也はこうなってしまったのだろうが、彼をここまで追い込んだ事件とは…。

「どうして…いつも邪魔ばかりするんだよ…」

こつん、と落ちたナイフを見て、静雄はその小さな体をゆっくりと抱き締めた。
























「わ、わ、悪かった!悪かったから、助けてくれっ」

邪魔な声だと思った。
信じてたはずなのに裏切って、挙げ句に命乞いだなんて卑怯だと思った。
いっそ口を聞けなくしてやろうと思った。
いやいっそ、


殺してしまおうと思った。


「また二人でやり直そう?なっ?」

二人で?笑わせるなよ。結局は裏切っていたくせに何を言っているんだこの馬鹿は。

「い、臨也!臨也、いざ、」

飽和した感情は垂れ流し、
落ちた滴と一緒にナイフは振り下ろされた。
大切な、一番大切な親友を精神的病に陥らせた臨也はのちに後悔をした。結局、自分は彼に依存をしていたのだ。
正気を取り戻した能は制御不能。


叫ぶしかなかった。



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